六ヶ所村ラプソディー

グループ現代
発売日 : 2008-10-25

この映画は2年という時間をかけて撮影され、2006年に公開された作品である。取り上げているテーマが「原発問題」だから、何も知らない人は「なんだ、また『』を訴える映画か?」という先入観を持つに違いない。だが最後まで見ると、この作品は単なる「反原発プロパガンダ映画」ではなく、現代の日本が抱えている問題を満遍なく取り上げていることが理解できるだろう。
映画で地元民は問う。
「国も電力会社も『(原発は)安全だ、安全だ』というけれど、そんなに『安心』を強調したいのなら、東京に造ればいいじゃないか。なんでこんなところに造るんだ?」
と。
その意見には、私も同意する。確かに原発建設予定地は過疎化が進んでいるとはいえ、海の幸や山の幸がもたらす恵みは無尽蔵である。暮らしに必要な現金は、必要最低限あれば十分ではないか?にもかかわらず彼らが原発誘致に走ったのは
「現金がなあれば、我々も都会の住民並の生活を送れる」
と思ったからに他ならない。また原発を誘致地方自治体は、国から各種交付金を受け取ることができることから
「原発誘致で各種交付金を受け取り、それを原資に生活基盤を整えたい」
と考える自治体首長も多いだろう。
だがそれは、見方を考えれば「麻薬」のようなものである。一時的に財政は潤うかもしれないが、首長の多くは交付金で建てられた各種施設の運転・維持費用のことまでは考えない。目先の「カネ」に眩み、人間関係にヒビが入り、感情の行き違いが発生したあげく、ついには地域そのものが崩壊していく事例を、我々は数多く見てきた。この映画も、原発に翻弄される住民の姿が描き出される。
この映画には、タイトルになっている六ヶ所村の他に、原発に翻弄される自治体がもう一つ出てくる。青森県下北郡東通(ひがしどおり)村である。
東通村に原発計画が持ち上がったのは、1965年5月である。東通村村議会が、原発誘致を決議したのがきっかけで、同年10月には、青森県議会も東通村村議会の原発誘致請願を採択した。ところが1981年、日本原電敦賀原発(福井県)の事故隠しが発覚し、原発誘致一色だった地元住民の意識が変わる。翌年反対同盟が結成され、1986年に行われた原発設置調査では、地元漁民は強硬に反発する。
「国や電力会社は『安全だ』というが、本当に安全なのなら浜から離れたところで調査活動はしない。危ないから離れたところで調査するんだ」
という彼らの訴えは、海上保安庁巡視船によって阻止される。地元民はその後も粘り強く反対運動を展開するが、自治体・電力会社の金銭を中心とする物量攻勢の前に一人、また一人と脱落していった。1992年、当時の青森県知事の斡旋案により漁業保障協定が締結され、3年後には全ての漁民との間で保障協定がまとめられた。当時反対運動に関わった漁民は
「俺たちが何を言っても届かない」
と嘆く。仲間に次々と裏切られ、地域はどんどん「原発推進」の色に染まっていく。保障協定締結から10数年間、彼は一体どんな気持ちで暮らしてきたのだろうか。
そして、六ヶ所村の再処理工場である。
こちらの資料によれば、この工場の設置申請書が出されたのは1989年であることから、六ヶ所村村議会及びその上部自治体である青森県議会の請願が採択されたのは同じ年か、それ以前の年であると思われる。1993年に本格的な施設建設が始まり、2001年以降から、本運転に向けての試験が始まった。2006年、六ヶ所村再処理工場を運営する日本原燃は、三沢市など地元自治体5市町村との間で、試運転試験についての安全協定を締結した。ところが安全締結直前の2006年2月、低レベル廃棄物処理建屋内で、放射性物質を含む低レベル濃縮廃液約68リットルが漏れたことを皮切りに、細かい事故・トラブルが相次いで発生する。地元住民・反原発を訴える団体は行政訴訟を起こし、最終的には最高裁で敗訴になった(2007年)が、それ以降も頻発するトラブルなどで、反対派からの抗議が止まらないのはご承知の通りである。
この映画に出てくる推進派のクリーニング業者、建設業者は
「六ヶ所村に工場があるから、付近に仕事ができ、雇用が生まれる」
といい、この施設があることは、地域住民の将来につながると主張する。だが彼らは地元の海の幸・山の幸が放射脳物質で汚染される可能性を考えたことがあるのだろうか?現金が少なくても、食うに困らない生活を送れるはずなのに、なぜあえてこのような施設を誘致したのかについては語らないし、インタビューする側もそれについて質問しない。
そしてこの種の施設は、一度事故を起こしたら、広範囲の自治体に被害をもたらす。六ヶ所村の風下側に当たる十和田市で有機農業を営んでいる農家は、この施設の稼働に反対する運動を展開する。ビラを作成し、繁華街や県庁前で行き交う人たちにそれを配り、自分たちの運動に協力するよう呼びかけるが、反応は芳しくない。ある老夫婦はインタビューに
「自分たちには関係ないことだから」
と回答した。

えっ…………?!

どういう意味……………………………………………?

自分たちに関係ない?
何それ?
あなた方に、子供や孫はいないのですか?
もし子供や孫が放射脳物質に汚染されても、文句を言わないで我慢しているのですか?
故郷を喪うのですよ?
食べるものがなくなるのですよ?
ガンや難病で苦しむのかもしれませんよ?
これまでつきあっていた人たちと、永遠に会えなくなるのかもしれませんよ?
これまで一生働いてきて築いてきたものを、何もかもなくしてしまうのかもしれませんよ?

「自分たちに関係ない」とは、こういうことになっても、黙って文句を言わず、あなた方が信じている「お上」に、黙って付き従うということなのですよ。
泣き寝入りすることになっても、しょうがないと諦めるということなのですよ?

この映画に出てくる、六カ所村々に隣接する自治体で有機米を栽培している農家は、原子力施設ができることに起因する風評被害で、長年のお得意様(それも複数だ)を失った。再処理工場がなかったら、この農家もつらい目に遭わなかっただろうに。

海外にある、放射能物質再処理工場はどうなっているのか?
この映画で取り上げられているのは、イギリス・セラフィールドにある再処理工場である。
ここはイギリスのカンブリア・シースケールにある原子力廃止措置機関 (NDA) のもと、イギリスのセラフィールド社が管理する原子力施設であり、そのルーツは王立の軍需工場である。第二次世界大戦後、この付近に原発が造られるが、この原発は1957年に大火災事故を起こしてしまう。16時間燃え続け、一生許容線量の10倍の放射線を受けた地元住民数十人が、白血病で死亡した。許しがたいことに、当時のマクミラン政権はこの事故を隠蔽し、公開されたのは事故から30年後だった。この施設は16年後の1973年にも放射性物質の大規模漏洩事故を起こし、従業員31人を被爆させたことがきっかけで閉鎖に追い込まれる。
この施設内には、稼働当初から使用済み核燃料の再処理工場も数多く保有し、この施設に持ち込まれる使用済み核燃料の1/4が日本からやってきたといわれている。だが施設全体の老朽化、イギリス国内の電力自由化による施設の採算割れが重なり、2003年に閉鎖が決定、2007年に原発の4つの冷却塔が解体された。プルトニウムの再処理事業は採算がとれないため、原発保有国のほとんどは撤退を決めているにもかかわらず、日本だけが再処理事業に固執している。一説には、日本政府(のタカ派勢力)が国防上の理由から、核兵器を持つことにこだわっているからだといわれている。
セラフィールド付近の海水を測定すると、他の区域よりも放射能物質が高いことがわかった。この地域で獲れた海産物の許容放射脳物質の数値は、日本が設定した数値よりも高めである。これは、イギリス人は海産物をあまり食べないからだそうだが、この付近に住む漁師は、この事実を黙って受け入れているように見えた。
いや、本当は政府に文句を言いたいのだろう。だがイギリス国内では漁師の社会的地位は高いとはいえないため、ひたすら我慢するしかないのである。おそらく普通のイギリス人は、自分たちが口にしている魚介類が、これだけ放射脳物質に汚染されているという事実を知らないし、政府もそれを告知しない。他の分野では執拗に企業や政府に迫るメディアも、このことについては報道しないのだろう。いつでもどこでも泣きを見るのは、か弱き名もなき市民である。
漁師は日本人に、こう忠告する。
「世界で一番魚を食べる民族なんだから、事故が起きる前に、放射能汚染の値を測っておくんだ」
と。

そして、六ヶ所村核燃料再処理施設の建設に関する説明会の様子。
地元住民の不安をよそに、日本原燃側と地元行政側は、仕切りと「安全、安全」と繰り返すだけで、議論は最期まで咬み合わないままで終わる。こういう光景が、全ての原発関連施設の建設予定地で実施された。大多数の住民は原発の存在に不快感を示すが、原発を推進する地方自治体、土地の有力者らにお金の力で、無言の圧力でその声を封じられ、最終的には「地域社会」の中で「空気を読むこと」を守るために「お上に従う」ことを余儀なくされる。

…これが現実だ。
「オカネさえあれば『過疎』問題は解決する」
「原発がやってくる→仕事ができる→オカネが落ちる→都会並の生活が送れるようになる」

一言で言えば「原発問題」とは

の問題ではないか?
行政にきちんとした行政上の目標があれば、「お上」「」に頼らなくても済むのではないか?
そして、それには地域社会を形成する一人一人が
「今、どうしたらいいのか?」
考える必要がある。
だが、今の日本の教育は
「一人一人が考える」
ことができるような制度になっているのだろうか?
こういう風に考えると、この問題は「教育」の問題でもあるのだ。

先述のとおり、この映画は2006年に公開された。撮影に2年かけたそうだから、画面に出てくる映像は、2003~2004年に撮られた、ということになる。
この映画を公開から間もない時期に観たことがあるなら、その時の印象と、今回観た印象は、かなり異なっただろうか?
あるいは、変わらなかっただろうか?
あの未曾有の大震災から2年経過したが、人々の意識が変わったのかと聞かれれば、私は「いいえ」と答えるだろう。
去年の総選挙の結果には、本当に失望させられた。そして思った。
「日本人って、本当に世界一『自己中心的な民族』なんだな」と。
真相隠しに躍起になる政府、起きている現実を受け入れようとせず、ひたすら「責任」から逃げ回る東電、政府と東電の意を酌み「安全神話」を振りまき、本当のことを伝えようとしないメディアに人々は怒り、立ち上がり、デモを起こし、ネットワークを形成し、総理官邸前に集い、そして絶叫した。
「原発止めろ!」と。
それでもメディアは彼らの悲痛な訴えを黙殺し、怒りに震えた人たちは自前でヘリをチャーターし、デモの様子をインターネットで放映した。その様子を「報道ステーション」が放映したことで「脱原発」「反原発」のうねりは全国に波及すると思われた。しかし……

それらの声は、無残にも巨大な権力の前に、無残にも砕け散った。

反原発デモについて問われた野田総理(当時)はこともあろうに
「『音』として認識している」
と言い放ち、枝野官房長官や細野環境大臣は、官邸に詰めている記者の質問を黙殺した。
メディアも「脱原発」を訴える民衆に寄り添うどころか、政府と共同歩調をとった。「脱原発」を政策に掲げた菅直人総理は、志半ばで政権の座から去ることになったし、その後も「脱原発より」と見られた民主党政権の大臣の中は、メディアの狡猾な罠にかかって大臣を辞める者もいた。
そして人々は疲れ果てた。生活苦、コミュニティの中での孤立、家族・親戚内での対立…
その結果が、今回の選挙結果に出ているのだと思う。

ご存じの通り、日本にある全ての原発は、海岸沿いに設置されている。事故を起こした福島第一原発(福一)は、想定を超えた地震と津波のために、原発3基がメルトダウンした。東電は必死に隠しているが、ネットやその他の情報から、おそらく海上にも放射能物質が流出している可能性が濃厚である。付近の魚も放射能物質に汚染され、汚染された魚を外洋に生息している魚が食べるとどうなるのか、基本的な生物学の知識を持っている人間ならわかるはず。汚染された魚が外国の漁港で水揚げされ、それを食べた人がガンや白血病になり、その原因が福一から漏出した放射能物質だと特定されたら…?

これは立派な国際問題では?
そのツケは一体誰が払うの?

映画には、採れたての野菜を満面の笑顔で、おいしそうにほおばる子供達が出てくるが、その子達が大人達のツケを払うのかと思うと、やりきれなくなってくる。
タイトルについている六ヶ所村核燃料再処理施設は、本来なら2010年に稼動予定だった。しかしみなさんもご承知のとおり、トラブルによる稼働延期は18回に及び、当初発表されていた建設費用は7600億円だったものが、2011年2月現在で2兆1930億円と約2.8倍以上にも膨らんでいるありさまである。そのカネを、なんで自然エネルギー開発に回さなかったのだろうと思うと、腹立たしくなってくる。

過疎化を食い止めたい
都会並の生活を送りたい
雇用問題を解決したい
街の活性化を図りたい

そんな思いから大人達は、「原発」という開けてはならないパンドラの箱を開けてしまった。

この映画に出てくる菊川慶子さんは訴える。
「放射能汚染は戦争より、もっともっと被害が長く続く………だからこそ……」
そして、こうも言う。
「中立というのは、原発に賛成しているのと同じなんだよ」

撮影から7年経ち、彼らが懼れていたことは、不幸にも現実のものとなった。

「今の日本をどう思いますか?」

この映画に出ている人たちに、一番聞いてみたい質問である。

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