イ・サン

(写真はVOXⅠ 全7セット DVD39枚)

朝鮮王朝第22代王・正祖を主人公にした、骨太のドラマである。韓国では2007〜2008年にかけて、日本では2009〜2011年にNHK-BS2、2011〜2013年にNHK総合で放映された。
舞台は18世紀後半の朝鮮王朝
この時代の朝鮮王朝は、朝廷を牛耳っていた「老論(ノロン)派」と、これに反発していた「少論(ソロン)派」との間で、激烈な権力闘争が展開されていた。この時代の朝鮮を統治していた第21代王・英祖は名君で知られたが、彼は老論派に擁立されて即位したのに対し、その息子である思悼世子(サドセジャ、1735年〜62年)は少論派の学者から学問を教えられていた影響で、政治的思想は父と異にしていたため、しばしば両者は対立した。そこをチョン・フギョム、ホン・イナンら老論派と、裏で手を引いていた貞純王后(チョンスンワンフ)の策略により両者は引き裂かれ、1762年、思悼世子は父英祖によって米びつに閉じ込められ、そのままが死に至るという悲劇が起こる(辛午士禍)。時にサンはまだ11歳、彼の苦難に満ちた人生はここから始まる。
以後しばらく、彼は敵だらけの中で息を潜めて暮らすことになる。立場上は世子とはいえ、いつその座を老論派に奪われるかわからない。11歳の少年にとって、そのストレスが過酷なものかは想像に難くない。彼にとって心の支えになったのは、幼き日に出会ったパク・テスとソン・ソンヨンだが、彼が20歳になる頃には、この二人の行方はわからなくなっていた。孤立無援の宮廷内で彼をかばってくれる存在は、元武官の内官(=宦官)ナム・サチョ、思悼世子の処刑に最後まで反対した忠臣・チェ・ジェゴンだけだった。恵慶宮(ヘギョングン)洪氏ですら、表立って息子のことを庇えない立場にあった。
だがそんな彼の境遇も、ナム内官、チェ・ジェゴンの支えに加えて、ホン・グギョン(=洪国栄)、武官として宮廷に入ったテスらとの出会いによって徐々に変化していく。自らの改革案が老論派の妨害で頓挫しても決して腐ることなく、虎視眈々と英祖の信頼を取り戻す機会を伺っていた。そして図画署(トファソ=宮廷内において、王室行事の絵画や王族の肖像を制作・管理する部署)の茶母(タモ=官庁の下働きの女性)として宮中に戻ってきたソンヨンの働きもあり、サンは英祖の信頼を取り戻し、摂政として政治を見ることになる。そして1776年に英祖の後を継いで王に即位(正祖=セイソ)すると、世子時代に暖めていた政策を実行に移していく。世子時代から腹心として頼りにしていたホン・グギョンが、王妃暗殺未遂で失脚した後も、チョン・ヤギョンらを登用して国内の改革を推し進め、彼が統治していた時代の朝鮮王朝は、後世から「朝鮮ルネッサンス」と讃えられるほど文化的にも成熟した国家になったが、改革途中で彼は病に斃れてしまう…
このドラマの最大の見所は、なんといっても当時宮廷内で繰り広げらる老論・少論両派の間で繰り広げられる凄絶な権力闘争である。貞純王后、英祖の娘であるファワン(=和緩)をバックにつけ、老齢の影響もあって衰えつつある英祖を自由に操り、サン失脚のためにありとあらゆる手段を講じるが、サン側も忠臣ナム・サチョ、テス、ホン・グギョンらの働きによってその都度窮地を脱していく。そんな展開がサンの即位まで続いたわけで、本人はもちろん、側近としてそばに仕える人たちは1日たりとも神経を休める暇がなかっただろう。
このドラマを見ていると、権力欲につかれた人たちは怖いな、と実感させられる。このドラマでは、初めからほぼ終わりまで貞純王后を中心とした老論派と、サン=正祖に代表される少論派の対立を描き出すが、老論派の悪どさ・汚さには「そこまでやるのか!と絶句することもしばしばである。老衰からくる認知症で判断能力が衰えた英祖をそそのかしてサンを宮中から追いだそうとしたり、刺客を送って暗殺しようとしたり、最後には夜間軍事演習に乗じて、彼を抹殺しようとする。その光景は、半世紀ぶりに「選挙」というまっとうな手段で政権を獲得しながら、自分の理想と現実とのギャップにもがき苦しみ、結局は官僚の言いなりになって自滅した民主党政権の姿と重なる。このドラマ放映前の韓国も、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が国会と対立し、それを市民が応援するなど、政治的には混乱のさなかにあった。おそらく監督は正祖の政治思想を通じて、盧武鉉政権を応援し、彼の政策反対する政治家を老論派のイメージに重ねたのではないか?思わずそんなことを思ってしまう。
無事に即位したあとも、彼の試練は続く。ドラマでは即位したその日の夜に、彼は刺客に襲われるのである(史実では、即位後の暗殺計画は王となってから2年後)。なんとか撃退したものの、反対派に対する脅威から、その後は居住区である王宮殿の警戒を強化したという。一人でいたところを刺客に襲われたのはフィクションらしいが、実際に彼は在位中、何度も暗殺未遂にあった。DVDの紹介文に「歴代朝鮮王で、もっとも過酷な人生を送った王」と紹介されていたのは大げさでもなんでもない。深夜まで自室で読書をする習慣は、彼が向学心の固まりということもあったが、暗殺を警戒するためでもあったらしい。40歳代になるとメガネをかけての執務を余儀なくされ、49歳での病に斃れたのは、世子冊立以来彼を蝕んできたストレスと、深夜まで自室で読書をする習慣が原因なのでは?と推察されるのだ。
彼の最側近だったホン・グギョンの変貌ぶりにも驚かされた。サンの世子時代から、深い洞察力を武器に彼を支えてきたホン・グギョンだが、自分が取る手段の正しさを強調するあまり、時に無謀な行動をとるなど、悪い意味での独裁者になる危険性は常にはらんでいた。彼の危険な野心を見ぬいたのは、皮肉にも彼の宿敵チョン・フギョムだった。牢獄の中でホン・グギョンに対面したチョン・フギョムは「これが権力を欲した者の姿だ」と、権力欲が過ぎると破滅することを、自らの身を持って警告する。その時は「私は、あなたみたいにはなりません」と言い切っていたホン・グギョンだが、サンの即位後に都承旨(トスンジ=王様の命令を伝達する官庁の長官)兼宿衛所(スギソ=王を直接護衛する部隊)になると権力をほしいままにし、他の重臣から「大(テ)フギョム」といわれるほど横暴な態度をとるようになった。権力欲に囚われたホン・グギョンの目を見ると、ライバルだったチョン・フギョムがあの世(地獄?)から蘇ってきたのではないか?と思うほど表情が一変したが、これはひとえにホン・グギョン役を演じたハン・サンジンの演技力の賜物だろう。
残された資料を見ると、世祖は近代科学にも通じ、これらの思想を朝鮮に導入することで、国の近代化を図ろうとしていたことがわかる。もし彼があと10年長生きしていたら、朝鮮王朝はもちろん、東アジアの情勢は、今と全く違っていたものになっていたはずだ。もちろん日本の植民地になることも、朝鮮半島が南北に分割されることもなかっただろう。
このドラマを見て感じることは、「政治」というのは昔も今も全く変わらないということである。利権を守ろうとする守旧派と、それを改めようとする改革派、そして理想を現実に近づけること、反対派を説得すること、権力を正しく有効に行使することの難しさ、いつの世でも権力の不当な横暴に苦しみ、泣かされる無辜の庶民たち…監督は、理想の政治家像を世祖に重ねたのではないか?と思うのである。

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