ナイルの宝石

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2008-05-23

制作年 1985年 アメリカ
配給 20世紀フォックス

大ヒット映画「ロマンシング・ストーン」の続編として上映された映画である。
南米での大冒険を終えて、ヨット「アンジェリーナ号」で世界一周旅行をしているジョーンとジャック。大ベストセラー作家になったジョーンは行く先々で大歓迎されるが、寄港地到着に開催されるパーティーの連続に、パートナーであるジャックはいささか食傷気味。ジョーンもファンの歓迎に戸惑い、スランプを感じていた。
そんな時、ヨットで立ち寄った南欧のとある都市で開かれたパーティーで、ジョーンはアフリカ統一のリーダーに選ばれたアフリカ某国大統領オマーと出会う。オマーは「私はあなたのファンだ」とジョーンに言い寄り、即位式の取材と自伝の執筆を依頼する。彼の氏素性に疑惑を招いたジャックを置いて、ジョーンは嬉々としてアフリカに旅立つ。彼女に不満を抱いていたジャックを待っていたのは、南米で宝石争奪戦をし、破れて刑務所にいる(はずの)ラルフだった。これまでの怨みをはらさんとばかりに詰め寄るラルフを何とかなだめるジャックだが、アンジェリーナ号が爆沈するのを見て呆然となる。
アフリカでも大歓迎を受けたジョーンだが、「アルパカハラを返せ」という文字を街なかの至る所で見かけ、オマーに疑念を抱くようになる。実はこの男は、アフリカ原住民から「ナイルの宝石」と呼ばれる救世主であるホリー・マンなる人物を拉致・監禁し、ホリーに変わって自らが「救世主」の座に取って代わろうという野心を持つ独裁者だったのである。
彼の正体に気づいたジョーンは、すきを見てオマーが企図していた戦争計画書を手に入れ、独裁者の支配する国から脱出しようとしたが、すぐに見つかり閉じ込められてしまう。投獄された部屋で一緒になった男がホリーだと知ったジョーンは、すきを見て脱獄に成功。何故か運よくジャックたちに遭遇したジョーンたちは、オマーの軍隊が所有する最新鋭のジェット機を奪うものの、飛行機の操縦ができないために市街地は大混乱に。
命からがら脱出したものの、そこが砂漠のど真ん中であると知り、途方に暮れるジョーンたち。だがホリーの手引きで原住民ヌビア族に助けられ、そこからホリーをカディールに届けることに。原住民にジョーンとの関係を問われたジャックは、迂闊なことを口走ったばかりに彼らの代表と対決するはめに。だが予定通り(?)対決に勝利したジャックは、その夜ジョーンと愛を確かめ合う。
しかしその翌日、ジョーンら3人は飛び乗った列車の中でオマーの軍勢と大捕物を演じ、結局捕まって死の恐怖を味わうはめに。そこへどこをどうしたものか、彼らの後をつけてきたラルフに救出され、3人はオマーの野望を阻止すべく、彼の「即位式」に向かう…
前作同様、この映画も一応「原作」に基づいて制作されている(はず)である。しかし我々の前に登場した映像は、原作とは似ても似つかぬ作品になってしまった。原作者は、映画監督やプロデューサーに不満を抱かなかったのだろうか?
小説では、かなり細やかに人物表現・感情表現がなされている。今読み返してみても、エンターティンメント作品としては第一級の価値があると個人的には思っているのだが、映画では原作にある美点がことごとく消されてしまった。
「ハリウッド発のエンターティンメント作品」としては、この映画は「傑作」にランクされるのだろう。
マッチョで強くたくましく、でもどこか抜けていて人間臭さを感じさせるヒーロー。
才色兼備で、観衆が思わず「こいつを守ってやりたい」と思わせるブロンド美女。
今風で言う「ちょい悪オヤジ」だが、どこか憎めないところがあり、いざというときに役に立つ「第3の男」。
そして、観衆の憎しみを買うのに十分な「悪役」。
これらが揃って初めて「」はヒットするのだろう。
それで、最後はヒーローとヒロインは情熱的に結ばれる。過激なベッドシーンが盛り込まれれば満点なのだが、この映画ではちょっと物足りない。ジェーン役のキャスリーン・ターナー(今はすっかり「太ったオバハン」に成り果てたらしいが)は「白いドレスの女」で美しい裸体(当然乳首も!)をご披露しているが、この映画では裸体は見せても、乳首は出していない。それでも前作「ロマンシング・ストーン」よりはサービスしているが、原作のラブシーンは結構ロマンティックに書かれているだけに、余すところなくとはいわなくても、もうちょっと頑張ってくれれば…と思わずにいられない(←おいっこらオッサン!)
アクションシーンに突入してからも、ジャックはなぜジェーンの行方を突き止めることができたのか?とか、オマーとホリーの因縁、オマーがなぜそこまで権力にこだわるのか、ホリーと原住民ヌビア族との関わり、さらにはラルフがジョーンとジャックが監禁されている場所をどうやって突き止めたのかなど、観衆が知りたいだろう情報は根こそぎカットされている。ひょっとしたら、アメリカ人は細かいことは抜きにして「ヒーロー映画は、単純に楽しければそれでよし」と思っているのかもしれない。だから製作者も「これはヒーローの出てくる娯楽映画なんだ、だから悪い奴は必ず滅び、正義の味方は全員助かってハッピーエンドになるのだ、それまではテキトーに彼らをハラハラ・ドキドキな気分にさせておけばいい」と思っているのだろう。日本だったら、原作にない部分は映画で付け加えるところだが。
もうひとつ付け加えるなら、この映画が撮影された時代背景も考慮に入れると、またちょっと違った楽しみが得られるかもしれない。
この映画が撮影された時代は「冷戦末期」。当時のレーガン大統領はソビエト連邦(当時)を「悪の帝国」と呼び、メディアもそれを煽っていた時代だ。この映画の悪役・オマーはどうしても「旧共産圏にゴロゴロいる独裁者」にだぶって見えるのは偶然ではあるまい。実際に戦火を交わすわけにはいかないから、映画の中で「仮想的」を作ってて気をこてんぱんにやっつけ「ああ面白かった。すっとした」と監修に思わせることも、時には必要だったのだろう。
もう一つ気になることは、ジャック役のマイケル・ダグラスが、バイクに乗る時にヘルメットをかぶっていなかったこと。現代でそんなことをやったら一発で免許取り消し、それどころか命に関わる行為である。それが問題にされた様子はないから、当時は結構おおらかな時代だったのだろう。同じシーンは「愛と青春の旅たち」「トップガン」でも見られる。

お金はそれなりにかかっているだろうし、それなりには楽しめるが、細かいところは突っ込みどころ満載の映画。
そんな印象を持ってしまった。

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