「東京クヮルテット ラスト・コンサート イン ジャパン」

東京クヮルテット(以下東京SQ)は1969年、ジュリアード音楽学校に通っていた日本人学生によって結成された弦楽四重奏団である。結成時のメンバーは、全員桐朋学園大学で、斉藤秀雄に師事した経歴を持つ。結成後まもなくミュンヘン国際音楽コンクールで優勝し、海外のクラシック・レーベルと録音契約を結んだ。彼らが発表したアルバムは40点以上にのぼり、海外の音楽賞も多数受賞した。1994年、結成25周年を迎えたのをきっかけに、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会を開くとともに、その演奏をCDに録音し、その演奏は多くの音楽評論家及びファンから高く評価された。歴代のメンバーは、イェール大学音楽学部をはじめ世界各地でマスタークラスを開催するなど、後進の育成に尽力した。
長い歴史を誇るだけに、メンバーチェンジも多かった。創設メンバーで最後まで残ったのはヴィオラの磯村だけで、第1ヴァイオリンは5人、第2ヴァイオリンとチェロはそれぞれ2人ずついた。外国人のメンバーも多く、第1ヴァイオリンは二代目以降は全員が外国人(国籍はカナダ→カナダ→ウクライナ→カナダ)であり、解散時のチェリストはイギリス人だった。
2011年11月、池田と磯村が「世界中を回って演奏することがつらくなってきた」として、東京SQからの脱退を表明する。残されたメンバーは、当初二人の後任を探す意向を示していたが、最終的に池田、磯村とともに活動に終始を打つという決断を下す。2013年6月、東京SQは44年間の輝かしい歴史に終止符を打った。この演奏は、解散直前の演奏会の記録である。

東京クヮルテット ラスト・コンサート イン ジャパン プログラム

東京クヮルテット
マーティン・ビーヴァー(バイオリン)
池田菊衛(バイオリン)
磯村和英(ビオラ)
クライヴ・グリーンスミス(チェロ)
2013年5月21日 王子ホール

弦楽四重奏曲第15番ト長調 D.887 作品161(シューベルト)

シューベルトが作曲した、最後の弦楽四重奏曲である。1826年6月、この曲はわずか10日間で書き上げられた。1828年3月、シューベルトがウィーンで開催した自作演奏会で第一楽章のみが初演された(ただしプログラムには「新作」とあるだけで調性が明記されていないため、このとき演奏されたのは他の作品である可能性もある)。全曲初演は1850年12月、ヨーゼフ・ヘルメスベルガー率いる弦楽四重奏団により行われ、楽譜は翌1851年に出版された。手稿のパート譜は1827年に書かれたが、それは現在紛失してしまった。そのため、作曲者の手によるものかどうかは現在でも明らかではない。
第一楽章 冒頭の響きはかなり劇的であり、ベートーヴェンの響きとはまた異なる趣を持つ。劇的な部分と、叙情的な部分とが交互に顔を出す旋律は聞き所の一つだが、その内容はかなり難解な部分も散見される。メンバーの4人は、この曲に真摯に向き合っているが、ところどころで、アンサンブルが荒っぽく聞える部分があるのが気になった。それは日本人メンバーのテクニックが衰えているからか。叙情的な部分ではしみじみとした歌を聞かせてくれるが、劇的な部分ではもっとまとまった響きを聞かせてくれるはずなのにと思うと、残念でならない。響き・旋律が前衛的なので、当時の聴衆にはどう受け止められたのかはわからないが、この曲が万人受けする曲ではないことは確かだ。作曲されたのは、作曲者が亡くなる2年前。おそらく彼は、そう遠くないであろう死を意識しながら、この曲を書いた可能性がある。
第二楽章 ロンド風の形式で書かれているが、調性はホ短調→嬰ハ短調→ロ短調→ト短調→ホ短調→ホ長調とめまぐるしく変わる。嬰ハ短調→ロ短調の部分は、悲劇性がやたらと強調される。これはおそらく、自分の音楽生活をふり返って書いた旋律だろう。自分では傑作を沢山書いたと思っていたのだが、楽壇も世間も聴衆も、自分の音楽を受け入れてくれなかったという、無念の思いを抱いていたのは想像に難くない。ト短調における第一ヴァイオリンとチェロが奏でる優しい歌は、自分の音楽を受け入れてもらえないと嘆くシューベルトに、友人たちが優しく慰めている光景を思い浮かべてしまう。彼の音楽は世間からなかなか認められなかったが、理解してくれる友人が多かった。それが救いである。
第三楽章 ロ短調で書かれているが、この楽章でも大胆な調整変化を導入している。冒頭の響きは穏やかだが。やがて情熱的な響きに変わっていく。それは彼の華麗なる恋愛遍歴を物語る。トリオの部分は、彼がかつて参加した華やかな舞踏会を描写したものか。そこでの貴婦人との出会い、恋愛の日々。いったい何人が、彼とともにベッドをともにしたのだろう。だが最後の決断を下せなかったのは、彼が抱えていた梅毒のせいもあるのかも知れない。愛する人に、自分の病を移してはならない。移したらどうしよう。その恐怖心が、彼に結婚を諦めさせる原因となったのだろうか。
第四楽章 劇的だが華やかな雰囲気が漂う楽章。確かに、私が抱えている問題は深刻である。しかし幸いなことに、私には支えとなり忠告してくれる友人は多い。例え世間から受け入れられなくても、彼らだけは絶対に傷つけまいという、シューベルトの心配りを感じることができる。細かな音の動きは、親しい友の語らいの時を過ごす作曲者だろうか。友人が主催するサロンで、コーヒーや酒を片手に、芸術や人生、説きに哲学について議論するシューベルトとその仲間たち。彼らと真摯に議論する中で、自分のこれからの音楽について、ああでもないこうでもないと構想を巡らすシューベルト。その中には、仲間が連れてきた貴婦人たちもいたに違いない。気がつくと、いつの間にかダンスパーティーが始まっている。気がつくと、シューベルトも踊りの輪の中に入っているではないか。その表情は、実に晴れやかである。理解者も、彼の表情を見てにっこりしている。そばに理解者がいることの、なんと素晴らしいことよ!
そして46年間第一線を走ってきた東京クヮルテットのみなさん、本当にお疲れ様でした!

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