「NHK交響楽団第1791回定期演奏会」

今回のプログラムは、シューベルトの交響曲第7番「未完成」&交響曲第8番「ザ・グレート」というプログラム。
コンサート・プラスのプログラムもシューベルトの作品なので、この日放映されたのは「オールシューベルト・プログラム」ということになった。

NHK交響楽団第1791回定期演奏会 プログラム

ロジャー・ノリントン(指揮)
2014年10月24日 NHKホール

交響曲第7番ロ短調D.759「未完成」(シューベルト)

第一楽章 この曲は、以前讀賣日響の演奏で聞いているので、どうしてもこの演奏と比べてしまう。だが表現・演奏の完成度とも、この演奏に軍配を上げたい。
冒頭は威厳に満ちた響きではじまり、クラリネットが暗い音色で第一主題を奏でる。チェロが孤高の響きと豊かなロマンティズムを醸しだし、この楽器とヴァイオリンとの掛け合いで室内楽的な響きを醸し出すことで、格調高い響きと歌を奏でることに成功している。繰り返される第一主題の音色は透明度が高く、澄み切った弦楽器群の音色が素晴らしい。これを冬空の元で聴けたら最高だろう。展開部の音色は、やがてやってくるであろう、悲劇的な結末を暗示させるような音色。みなさんすいません、私はこれ以上筆を進められません。そしてやってくる絶叫。ボクはもう書けないといっているのに、なぜみんな「傑作を書け!」と迫ってくるのか?わめき散らす作曲者の心の声。展開部のあとの第一主題は、予想だにしない北風の中を、一人とぼとぼと帰路につく作曲者の精神状態を暗示しているかのよう。第二主題は、楽しかった頃を懐かしむかのような、ワルツの響き。シューベルトも、貴族令嬢を相手に、叶わぬ恋に身を焦がしていた時期があったのだろうか、大いに気になるところである。ティンパニの音は、告白する直前の心臓の鼓動を表現したものか。告白した。愛を告げた。だが思いは叶わなかった。最後の響きは、絶望的なほどに暗い。この恋は、諦めるしかないのか?しょうがない、それじゃきっぱり彼女との夢は捨てよう。これも運命だ。これが恋なのだ。
第二楽章 すべてを悟りきった、作曲者の心中を思わせる第一主題。管楽器の音色が、新たな恋の予感を想起させる。あの恋は、自分には過ぎたる人間だったのだ。だったら、新しい出会いに期待しよう。クラリネットが奏でる第二主題は、世の中はそんなに甘くないことを暗示させる。管楽器は一斉に、世の中はそんなに甘くないと諭すが、中間部で作曲者は「ええい黙れ!」という。だが周囲は自分をよく見ろ、お前にとってあの子は住んでいる世界は違うんだ、ということを優しく諭す。「やはり、あの恋は諦めるしかないのですね」と嘆く作曲者の心中を表現するホルン、それを優しく慰める弦楽器、厳かなファンファーレは、館の中で繰り広げられる舞踏会のリズム、その後の音色は、その中に入る視覚がないことを悟る作曲者の心中。楽しげに繰り広げられる館を目の前に、とぼとぼと帰路につく作曲者。それでも諦めきれず、彼は周囲に人がいるのもかまわずわめき散らす。31:20からの音色は、まるで教会の中に鳴り響くオルガンのよう。おそらく作曲者は、教会の中で髪の指示を請うのだ。「神よ、私にいい相手は見つかるのでしょうか?」と。

交響曲第8番ハ長調D.944「ザ・グレート」(シューベルト)

かつてこの曲は、直筆譜の日付から1828年に作曲されたと考えられてきた。ところがこの楽譜に使われた楽譜の好かす模様が1825年頃に使われた楽譜と一致すること、28という数字は、実は25または26という数字の読み違いの可能性が高まったことから、この作品は1825~26年頃に作曲されたと考えられている。
この曲が1828年作曲といわれていたことは上記の事情に加え、シューベルトがこの時期にグムンデン及びバート・ガスタインに滞在し、当地で交響曲を書いたからである。この曲は、作曲された地名をとって「グムンデン・ガスタイン交響曲」といわれ、長らくこの曲がD.944と思われてきた。ところが後年、D.849にあたるホ長調交響曲の写譜が発見されたことから、この曲こそが「グムンデン・ガスタイン交響曲」と見なされている。D.944と主題がそっくりである事から、D.849はD.944の下書きとして書かれたと思われる。
シューベルトはこの曲を完成させた1826年、楽譜をウィーン楽友協会へ献辞を添えて提出した。わずかな謝礼が提示されたものの、この曲は「未完成」同様「演奏困難」という理由で、演奏されなかった。シューベルトは1828年にも楽譜を提出したが、やはり演奏されることはなかった。
この曲は1839年、シューマンが自筆譜を発見したことで世間に知られるようになった。彼はこの作品に懇願し、シューベルトの兄に演奏許可を求めた。楽譜はシューマンの盟友メンデルスゾーンのもとに送り届けられ、1839年3月にメンデルスゾーン指揮・ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演された。
第一楽章 序奏のホルン独唱はやや速めのテンポ。管楽器も弦楽器も弱音で厳かに勝つ上品に演奏され、トランペットの音色の切れもよく、ファンファーレのように徐々に盛り上がっていく。第二主題の雄大な響きは、新たな恋の予感を感じさせる。恋には将来の不安はつきものである。合奏は、恋の障害物を暗示しているのだろうか?トロンボーンの逞しい響き、木管群の響きは、森の中で鳴いている小鳥たちのようだ。森の中をうきうきした気分で散策するカップルの姿が目に浮かぶ。展開部のオーケストラの響きは、明るく澄んでいる。47:55前後の響きは、リズムの切れがよく力強い。序奏の主題が2度登場する終結部は迫力があり、力強い。
第二楽章 緩徐楽章のはずだが、テンポは速めでせかせかとしている。他の演奏と最大の相違点は、ティンパニの音に迫力があることで、曲の進行とともにだんだんと増していく。54:00からの響きは、どこか儚げ。56分前後のクラリネットの音色は、早めだがどこか不安げ。弦楽器の音色は力強い。シューマンが絶賛したという、ホルンと弦楽器の対話は悟りの心情の表現か。トロンボーンのどこか悲しげな音色のあと、再びやってくる第一主題。最後の音色はどこかくらい。
第三楽章 春の訪れを予感させる始まりだが、管楽器のアンサンブルが乱れたように聞えるのは私だけか?ついに彼は、舞踏会で運命の人を見つけたのだろうか、だんだんと胸の鼓動が高まり、情熱的で優美なメヌエットが会場内に流れる。部屋のあちこちでは、貴婦人達のひそひそ声が聞える。ひょっとして、今宵の相手を品定めしているのだろうか?貴婦人達の思惑をよそに、舞踏会のプログラムはどんどん進む。ホルンの音色は、いってみれば「自己アピール」のお時間か。会場内で繰り広げられるナンパ合戦。彼も一生懸命相手を探すが、思うような相手は見つからない。時間だけが、刻一刻と過ぎていく。再びやってくる第一主題。お嬢さん、今宵は私の相手をしてください。躊躇う貴婦人。情熱に任せて、一気に突っ走る男。弦楽器の音色は「あの男、まだいるのね。身分違いも甚だしい」とかしましい貴婦人か?だが男はそれにかまわない、もう迷わない、諦めない!狙いをつけた淑女を口説く男。さあ、その首尾はどんなもんだろう?舞踏会は、ますます熱気をおびてくる。さて、男の恋の行方は?
第四楽章 躍動的な第一主題。どうやら、男のもくろみはうまくいきそうだ。狙った令嬢を射止め、口説き落とし、部屋の中に引っ張り込んで、ベッドの中で繰り広げられる二人だけの祝宴。男の愛撫にカラダをよじり、いつものすまし顔はどこへやら、快楽の世界に夢中になるご令嬢。叙情的な管楽器の音色は、令嬢の吐息か?これでもか、男は令嬢を愛撫し、責め立て、愛の言葉を降らせる。男の激しい情熱に令嬢は絶頂に達し、男にもたれかかてにっこりと微笑む。木管群の音色は、色気はないが優しい。直後の弦楽器の音色は、令嬢の不安の心持ちを表現したものか?それでも、男は未来を信じる。夢をかあり、これからもあなたを守ってあげるから信じて欲しい、と口説いているのだろう。ようやく、令嬢も決心がついたのだろうか。最後の音色は、結婚式の鐘みたいだ。力強いファンファーレ、さあ、男の夢はついに叶ったのだ。

コンサート・プラス プログラム

佐々木 亮(ヴィオラ)
ゲアハルト・オピッツ(ピアノ)
2014年3月25日 東京文化会館小ホール

佐々木亮は、埼玉出身のヴィオラ奏者。東京芸術大学附属高校、東京芸術大学、ジュリアード音楽院で学ぶ。1991年、日本現代音楽協会室内楽コンクール第1位、朝日現代音楽賞受賞。1992年、東京国際音楽コンクール室内楽部門第2位。2004年N響に入団。現在は桐朋学園大学、洗足学園音楽大学で後進の指導に当たっている。
ゲアハルト・オピッツは1953年生まれのドイツのピアニスト。11歳でコンサート・デビュー後はシュトゥットガルト芸術大学、ミュンヘン音楽大学で学び、卒業後はウィルヘルム・ケンプに師事。1977年、旧西ドイツ人として初めてアルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールで優勝。1981年から2012年まで、母校ミュンヘン音楽大学で教鞭を執った。ベートーヴェン・シューベルトなどの独墺系作品の解釈に定評があるピアニストとして知られている。

アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D.821(シューベルト)

タイトルにあるアルペジョーネとは、ウィーンのギター製造者ヨハン・ゲオルク・シュタウファーが1823年~24年に発明した、6弦で構成される弦楽器の一種。本体はチェロを小ぶりにしたような形で、弓で演奏する。また24のフレットを持つなど、ギターの特徴も併せ持つ楽器であった。
この作品はアルペジョーネの演奏に通じていた知人からの委嘱を受け、1824年に書かれた作品である。ところがこの曲の楽譜が出版されたのは、作曲から50年近く経過した1871年である。その理由は明らかではないが、その頃にはアルペジョーネという楽器は姿を消してしまった。そのためこの作品は、今日ではヴィオラまたはチェロ用に編曲されて演奏される他、ごく希にギターやコントラバスでも演奏される。しかしチェロ及びギターでは音域が狭く、コントラバスでは1オクターブ音程が低くなるという難点を抱えている。さらにチェロで演奏する場合は、高音域がアルペジョーネに比べて、苦しくなってしまうという問題点を抱えている。ヴィオラで演奏するときは、通常4弦のヴィオラを5弦にし、5弦目をEに調弦することで、原作に近づける試みをする演奏者がいるそうだ。
第一楽章 逞しい音色で、朗々と歌い上げるヴィオラの音色を、ごつごつとしたピアノが支える構図。だがヴィオラの表情は暗い。このころのシューベルトは、持病の一つだった梅毒に起因する抑鬱症の発作を繰り返し、死の恐怖に囚われていたからだろうか。第二主題では、何とか希望を持とうとする音色も見られるが、もういいや、なるようにしかならないという表情も垣間見える。展開部では曲が進むにつれて、徐々に鬱屈した雰囲気が出てくる。そして再び出てくる第一主題では、やっぱり自分の将来は暗いのかなあという嘆き節が出てくる。ピアノは、そんなヴィオラを優しく受け止める。明るさを取り戻したかに見えたヴィオラの音色。だが終結部は泣いているかのような演奏になってしまう。
第二楽章 しみじみとした音色を奏でるピアノと、深い後悔の念を表し、そして嘆くヴィオラの音色。息の長いフレーズで、じっくり弾きすすんでいく。
第三楽章 前楽章から切れ目なく続く。リズムに乗り、精神的な立ち直りを示したかのようなメロディー。泣きながら笑うように歌う、チャルダーシュのような部分。そしてゆっくりしたテンポの部分は、一音一音濃い表情をつけて弾かれる。ワルツのように踊りたくなるようなテンポの部分があると思えば、ピチカートで心の揺らめきを表現したりと、様々な表情を見せるヴィオラ。テンポが遅い部分では、ヴァイオリンのような表情を見せたりt、実に多彩。最後の部分は、すべてを悟りきったかのような表情である。

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