「ウィーン・フィルハーモニアピアノトリオ演奏会」

ウィーン・フィルハーモニアピアノトリオは、長らくウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(VPO)のコンサートマスターを務めたヴァイオリニストであるウェルナー・ヒンクが、VPOの同僚であるフリッツ・ドレシャル、独墺系作品の解釈に定評があるピアニスト・ジャスミンカ・スタンチュールをメンバーとするピアノ三重奏団である。
ヴァイオリニストのウェルナー・ヒンクは1943年生まれ、ウィーン・アカデミー(現:ウィーン音楽・表現芸術大学)で学び、VPOに入団。1974~2008年の35年間にわたり、VPOのコンサートマスターを務める。現在はウィーン私立音楽院の教授として、後進の指導に当たっている。
チェリストのフリッツ・ドレシャルは1947年生まれ。ウィーン・アカデミーではヒンクの後輩にあたる。1968年VPOに入団。1974年からVPOのチェロ首席奏者を務め、ウィーン弦楽四重奏団、ウィーン八重奏団でも活動した。2015年8月20日逝去。この演奏は、貴重な記録となった。
ピアニストのジャスミンカ・スタンチュールは、ウィーン音楽大学でノエル・フローレスに師事。1989年、ウィーンで開かれた国際ベートーヴェン・コンクールで優勝後、世界各地で活発に演奏活動を展開。室内楽にも意欲的に取り組んでいる。

ウィーン・フィルハーモニアピアノトリオ
ウェルナー・ヒンク(ヴァイオリン)
フリッツ・ドレシャル(チェロ)
ジャスミンカ・スタンチュール(ピアノ)
2012年11月22日 フィリアホール

ウィーン・フィルハーモニアピアノトリオ演奏会 プログラム

ピアノ三重奏曲第7番ロ長調 作品97「大公」(ベートーヴェン)

1811年に書かれた作品で、ベートーヴェン最後のピアノ三重奏曲である。「大公」という愛称は、作品を献呈したのがルドルフ大公である事に由来する。
初演は1814年4月、ウィーンのホテル「ローマ皇帝」において、作曲者自身のピアノ、シュパンツィヒ弦楽四重奏団のメンバーによって行われた。当時のベートーヴェンはほとんど耳が聞えず、演奏の出来はよくなかったといわれている。彼はこれ以降、公の場で演奏をしなくなった。
第一楽章 貴族の邸内にあるサロンで開催されるような、上品でふくよかな響きがホール全体に広がる。ヴァイオリンの音色と響きは、古楽を意識したように聞こえるが、チェロは豊かな歌を奏でる。繰り返しの第一主題では、弦楽器の二人は豊かな響きを聞かせる。ピアノのテンポは緩急をうまく使い、それがアンサンブルにふくよかな響きを生み出すことに成功している。展開部の弦楽器はとてもロマンティックであり、弦楽器のピチカートとピアノは一体感すら感じさせてくれる。このような演奏会を開くとき、ベートーヴェンがピアノを弾きながら弦楽器奏者をうまくリードしている光景が目に浮かぶ。おそらく貴族たちも、アンサンブル・ピアニストとしてのベートーヴェンを高く評価していたのだろう。
第二楽章 三者の親密な対話を聞くことができる楽章。ピアノの音色は硬質ながら華麗であり、とてもよく歌う。そしてその音色は粒がそろっている。中間部で弦楽器が奏でる音色のほの暗さにはぞっとする。おそらく彼は、支援してくれる貴族に感謝の念を抱きつつも、心のどこかでは「いつ支援が打ち切られるのか?そうなったとき、自分は生活できるだけの糧を得られるのだろうか?」という不安を抱えていたのだろう。再び戻ってくるA部では、その不安を奏でるように明るい音色を奏でる。一生懸命やっていればなんとかなるだろう。後半では、不安の表情を隠して礼状たちと楽しげに踊るベートーヴェンの表情が垣間見える。だが表面は笑顔を取り繕っていても、やっぱり不安は隠せないのだ。
第三楽章 変奏曲形式の、深い思索的な緩徐楽章。内容も深く、重い。第一変奏はそれが顕著。第二変奏は一転して明るく、ウィンナ・ワルツのにおいが漂う。カフェの街角で、コーヒー片手に活発に議論している人たちの姿が目に浮かぶ。第四変奏では、議論がさらにヒートアップしているのだろか、まさに喧々囂々、侃々諤々の議論といったところ。誰がいったい、何をテーマに議論しているのか気になるところ。終盤のピアノは力がこもり、弦楽器もそれにつられているかのよう。第五変奏では、どこか悟りきったピアノの音色が印象的。だが残念ながら、ヴァイオリンの音程が若干甘いところが見られるのは気のせいか?それとも、これは弾き方のせいか?第六変奏では、チェロのもの悲しい音色が耳に残る。何か悲しい知らせが入ったのだろうか?ピアノもヴァイオリンも、チェロのことを慰めている。だがチェロはまだ起こった事態を受け入れられないのか、未練たっぷりの音色を奏でる。終曲でもその雰囲気は変わらない。
休符を置くことなくそのまま第四楽章に入るが、旋律は前楽章とは一転して吹っ切ったような表情を見せる。明るく輝くピアノの音色、渋い表情を見せるチェロに対して、ヴァイオリンの音程はここでも不安を残したまま。おいおい、ここまで来たのだから最後はピシッと決めようや!と励ましたくなるが、それでも時々正気に戻ったかのような音色や歌い回しを見せる。ピアノはベテラン二人を相手を十分に支えつつ、最後の聞かせどころではしっかり自己主張する。最後一拍おいてからの閉め方は見事の一言に尽きる。

ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調 作品11「街の歌」から第二楽章(ベートーヴェン)※アンコール

18世紀後半~19世紀前半にかけて活躍したクラリネット奏者、ヨーゼフ・ベーアの依頼で書かれた作品。1797年に作曲され、翌1798年楽譜が出版された。本来はクラリネット・チェロ・ピアノの三重奏曲だが、クラリネットの代わりにヴァイオリンで演奏されることがほとんどである。
「街の歌」という愛称は、第3楽章で当時はやっていた、ヨーゼフ・ヴァイグルの歌劇「船乗りの恋、あるいは海賊」からのアリア「仕事の前に」の主題を用いていることに由来する。彼が他人の作品の主題を自作に利用しているのは、これが唯一である。
ヴァイオリンの音程の不安定さは相変わらずだが、チェロ共々自由自在の節回しを見せる。ドレシャルのチェロの音色はたくましく、それでいてどこか哀愁を帯びている。ベートーヴェンは作曲当時まだ20代後半だったが、彼の思索の深さには驚愕する。おそらく彼は、哲学者になっても一流の業績を残したに相違ない。

楽興の時 D780 作品94より 第3番ヘ短調(シューベルト)

楽興の時」は1823~28年にかけて作曲された、6曲で構成されるピアノ曲集。1828年「作品94」として楽譜が出版された。表題はフランス語が用いられているが、楽譜出版時は英語のタイトルが用いられた。これが作曲家自身の意思かどうかは不明である。
この曲は全6曲中、もっとも有名である。シューベルト生存中から「エール・リュス(ロシア風歌曲」という名前で愛好されていた。この演奏では弦楽器が入っている分だけ、ロシアの表情が濃く織り込まれている。3人の演奏も息がぴったりである。

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 「ウィーン・フィルハーモニアピアノトリオ演奏会」
Share on Facebook
Bookmark this on Google Bookmarks
LINEで送る
Pocket