「九州交響楽団定期演奏会」

九州交響楽団は、九州で唯一公益社団法人日本オーケストラ連盟に所属するプロ・オーケストラである。九州大学の学生オーケストラである九大フィルハーモニーオーケストラのメンバー、NHK福岡放送局交響楽団のメンバーが主体となり、1953年に結成された福岡交響楽団を前進とする。1973年、プロオーケストラ「」としての活動を開始。その後1975年に財団法人、2013年に公益社団法人格を取得し、現在に至る。福岡県福岡市に本拠地を置き、専用練習場と事務局は福岡市城南区にある末長文化センター内にある。
九州各地で年間100~130回の演奏活動を行っている。東京・大阪でも演奏会を開催する他、1990年に韓国・釜山で公演を行うなど、アジアの玄関口福岡のオーケストラとして、国際交流に積極的に取り組む。結成当初からテーマを絞ったプログラムを開催するなど、三大都市圏所在のオーケストラと同等レベルの、意欲的なプログラムを組むオーケストラである。近年は有名指揮者を招く機会が増え、コンサートマスターに実力者を据えることで演奏レベルも向上した。
専属合唱団に、初代音楽監督を務めた石丸寛の提唱で1996年1月で設立された「九響合唱団」を持つ。この合唱団は自主運営を行い、オーディションにより入団者・出演者を選出している。この合唱団は、オーケストラ専属の合唱団としては日本最高レベルであるという評価を得ている。
本公演のソリストであるアンドリュー・フォン・オーエンはカリフォルニア州出身。5歳からピアノをはじめ、10歳でオーケストラ・デビューを果たす。ジュリアード音楽院ではハーバート・ステッシン、ジェローム・ローヴェンタールに師事、またアルフレッド・ブレンデルやレオン・フライシャーの教えも受ける。
1999年、ギルモア・ヤングアーティスト賞を受賞、2001年ルニ・フェ財団ナショナルピアノコンクールで優勝。その後は世界の有名オーケストラと共演するなど、活発な演奏活動を展開している。

(ピアノ)
(指揮)
九州交響楽団
2014年9月24日 アクロス福岡シンフォニーホール

九州交響楽団定期演奏会 プログラム

ピアノ協奏曲イ短調 作品54(

シューマンが完成した、唯一のピアノ協奏曲である。彼はこの曲の前に、ピアノ協奏曲を数曲手がけているが、自身のオーケストレーションのまずさもあり、どれも完成には至らなかった。
この曲は1841年に作曲された「ピアノと管弦楽のための幻想曲」を改作したもので、1845年に間奏曲とフィナーレの2楽章を追加し、ピアノ協奏曲として完成させた。1846年1月1日、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスにて、妻クララのピアノ、献呈者でもあるフェルディナント・ヒラーの演奏で初演された。
第一楽章 ピアノは弱音で弾き進められるが、オケの音はわさわさという感じ。この頃のシューマンは、評論家としても音楽家としても、家庭人としても、幸せの絶頂にあったはずなのに、将来の不安を感じさせるメロディーになっているのはどうしてなのだろう?木管群の音色は、将来への不安をどことなく感じさせるものなのか、あるいは楽壇で成功して、今の幸せを掴むまでの苦難を振り返っているのか?展開部のピアノの音色は、これまでの苦難と不安、青春のきらめきを感じさせる。時折聞える決然とした響きは、これからの将来への不安に負けないという、作曲者の意思表明か?ピアノの音色は、歌う部分と語る部分を巧妙に使い分けているような印象。そして、高音部の輝かしい美音は、他のピアニストには聞けない、このピアニストの特徴なのだろう。終盤は、金管が音を外したところがあったが、まあこれは良しとする。
第二楽章 ピアノはやや速めのテンポで進行する。ピアノが奏でる愚痴と不満の入り交じったつぶやきを、おおらか性格を持つオーケストラが優しく包み込むという印象。ピアノがシューマンで、オケがクララなのか?それとも逆か?
第三楽章 成功を掴み自信もついたのか、メロディーが明るく、力強くなる。将来への見通しもついたのか、ピアノもるんるん気分で弾けている。僕たちには明るい将来が待っている。もう落ち込む理由なんかない!そうだろ、クララ?といわんばかりの作曲者の表情が見え隠れする、ピアノの音色。周囲の評価も高まり、作曲者は得意の絶頂にいる。クララ、クララ、ボクは君のことを愛している!後半部、いささか調子に乗っているシューマンを諫めるクララのような、ピアノのメロディー。だがそれでも彼は意に介さない。大丈夫クララ、ボクはきっとうまくやるって!君を絶対に幸せにしてみせる!さあ見てご覧、みんなボクを賞賛しているのではないか!躁鬱症が激しく、ややもすれば挫けがちの夫を苦笑しながら、それでもクララは夫のことを支えようと意を決する。最後に出てくるピアノの音色は、クララと手を組んでスキップするシューマンの姿が目に浮かんでくる。さあ行くよ、クララ!最後の響きは、彼女があげる歓喜の声か?

ノクターン変ホ長調 作品9−2(

ショパンが作曲したノクターン(夜想曲)は、20歳から晩年に至るまで、ほぼ均等に書かれている。ほとんどが三部形式で書かれ、それは明確な中間部を持つか、ロンド形式のものに別れる。ショパンの作曲時期全般にわたって書かれているため、ショパン研究には欠かせないものになっている。
この作品は、ショパンが書いたノクターンのなかではもっとも有名な作品である。ピアノが奏でる、ファンタジー感豊かな演奏。仲のいい子どもたちが、キャッキャッと歓びながら、そこら中を駆け回っている光景。親はそんな子どもたちを心配しつつも、微笑みながら見守っているという風情。終盤の高音の美しさはもう最高。生で聴いた人は、至福の時を過ごしたに違いない。

交響曲第1番ハ短調(リンツ稿)(

1866~68年にかけて作曲され、初演は1868年に作曲者自身の指揮で行われたが、場所とオーケストラは、ネット上に記載がなかったのでわからなかった。
その後1877年と1884年に細部の改訂を施し(1877年改訂の楽譜は「リンツ稿」と呼ばれる)、さらに1890~91年にかけて、大規模な改訂を行った。この版は「ウィーン稿」「第2稿」と呼ばれ、「リンツ稿」とは曲の様式がかなり異なる。この版は1891年12月、ハンス・リヒター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で初演された。作品名に「第1番」とついているが、ブルックナー箱の交響曲の前に、習作として「交響曲ヘ短調」を書いている。そのため番号つきの交響曲においては、この作品が最初である。
第一楽章 弦楽器の音色はしなやかで力強く、推進力が強い。金管群の威力は、N響より素晴らしいという印象を持った。ブルックナーはオルガニストとしても優秀であり、後期の交響曲はオルガンの響きの影響が色濃く残っているが、この楽章ではロマン派の影響が色濃く残っている。終盤のティンパニ連打はかなり迫力があり、コーダはまるでベートーヴェンのようである。
第二楽章 この上なく不気味な感情がこもったメロディーで始まる楽章。1:03:00からの響きは、交響曲第5番、第7番のそれを思わせる、哀愁感漂う木管群の響きが印象的。副主題から中間部にかけての響きは、この上なく甘く情熱的だ。ブルックナーには達観的イメージをもっているが、こんなに切なげなメロディーを書く人だっけ?と突っ込みたくなる。弦楽器は弱音主体に、とても柔らかい響きで甘くロマンティックな旋律を奏でる。そのため人によっては「こんなのブルックナーじゃない!」という人もいるかも知れないが、当時のブルックナーは作曲家としてはまだ無名に近い存在であり、だからこそ自分が理想とするサウンドを、思う存分追い求めることが出来たのではないだろうか?終盤の響きは、厚みを持った彼独特の響きである。
第三楽章 三部形式で構成される粗野で原始的と称されるスケルツォ楽章で、全曲で最も短い楽章である。冒頭A部の響きは、ヴェルディのオペラやレクイエムを思わせる、力強く情熱的な響き。金管群の響きは、神の審判を怖れる罪深き人の心情を表現したものか?私は悪くない、あいつも悪いんだ!とりあえず罪は認めるが、でも反省はしたくないし、自分だけ罪をおっかぶされるのはイヤだという本音が垣間見える。中間部は、そんな罪人に対して、優しく己の罪を認めるよう諭す天使のよう。それでも罪人は自分で責任をすべてかぶるつもりは毛頭ないらしく、そんな態度に天使もイライラが募る様子がうかがえる。そして再び回帰するA部。判決はやっぱり有罪。罪人は地獄へと落とされようとしている。運命に抵抗しようと悪あがく彼の運命やいかに?
第四楽章 第一主題の性格はかなり激烈で、まるでヴェルディのようだ。有罪という評決がくだされ、いよいよ地獄へと突き落とされる罪人。もはやどう抗っても、有罪の裁定は覆らない。それでも往生際悪く、罪人は最後まで俺は悪くないと言い張る。だが今さらなにをいったところでムダな抵抗だ。業火に焼かれて罪を認め、地獄で悶え苦しめと主張する天使達の目はこの上なく冷ややかだ。助けてくれ、俺が悪かったですと認める罪人だが、時既に遅し。最後の響きは、罪人を贖罪するためのファンファーレなのだろうか?

コンサート・プラス プログラム

歌劇「フィガロの結婚」序曲(
喜歌劇「こうもり」序曲(、ビェリク編曲)

アルベナ・ダナイローヴァ(ヴァイオリン)
ライムント・リシー(ヴァイオリン)
ミヒャエル・シュトラッサー(ヴィオラ)
ヨーゼフ・ニーダーハンマー(コントラバス)
2013年6月29日 フィリアホール

今回のプログラムは、アンサンブル・ウィーンの演奏会から。
アンサンブル・ウィーンは、チェロの代わりにコントラバス奏者が加わった、異色の室内楽アンサンブル。メンバーは全員、ウィーン・フィルやウィーン歌劇場のオーケストラで演奏してきただけあって、その表現とアンサンブルには定評がある。ウィンナワルツ・ポルカ・レントラーをレパートリーの中核に据えつつ、彼らのために編曲された曲を披露するなど、常に意欲的なプログラムを組んでいる。世界各地の音楽祭で積極的に演奏活動を展開するほか、CDのリリースも数多い。
「フィガロの結婚」では、メンバーの超絶技巧に思わず舌を巻く。たった4人だけなのに、その迫力はオーケストラに引けをとらない。喜歌劇「こうもり」序曲は、味があり愉悦感溢れる演奏。宮中の舞踏会で、彼らが演奏するテンポで踊れたらどんなにたの恣意ことだろう!表現の強弱、テンポの緩急がすべて頭の中に入っている演奏家の演奏は、功までに違うものなのだろうか。日本の一流の演奏家でもなしえない節回し兜太は、まさに伝統のなせるものである。これほど密度の濃いアンサンブルを生で聴ける聴衆は、なんと幸せなのだろう!

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