「ギドン・クレーメル&クレメレータ・バルティカ演奏会」

クレメレータ・バルティカは、1997年にギドン・クレーメルにより設立された室内オーケストラである。メンバーはバルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)の若手奏者で構成され、音楽監督は設立以来、クレーメルが務めている。本拠地はラトビアの都市リガで、ハンブルク(ドイツ)、オーストリアにも拠点を持つ。彼らのレパートリーは一般的なクラシックの作品の他、現代曲も盛んに取り上げるのが特徴である。クレーメルの経歴は、こちらの記事を参照のこと。

(ヴァイオリン)
(室内合奏)
アンドレイ・プシュカレフ(ヴィヴラフォン)
2012年11月3日 サントリーホール

ギドン・クレーメル&クレメレータ・バルティカ演奏会 プログラム

弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調 作品131 クレーメル、ヴィクトル・キーシン編曲)

病気などで長らく作曲活動を休んでいたベートーヴェンだが、1825年、ロシアのガリツィン公爵から依頼を受けて弦楽四重奏曲第12番、同第13番、同第15番を書き上げた。本作はそれらの曲を仕上げた1826年、誰からの頼みもなく自発的に書かれた作品である。第15番のあとに書かれた作品であるが、この作品の楽譜が先に出版されたために「第14番」の番号がつけられた。

伝統的な楽章や形式を拡大・分解・複合させながら再構築するという、ベートーヴェンの構成手法の頂点に達した作品であり、作曲後友人に
「ありがたいことに、創造力は昔よりそんなに衰えていないよ」」
と語ったという。この曲を聴いたシューベルトは
「このあとで、我々に何が書けるというのだ?」
と述べたと伝えられている。
この曲は、彼がかわいがっていた甥カールが当時所属していた中将であるヨーゼフ・フォン・シュトゥッターハイム男爵に献呈された。
第一楽章 第一ヴァイオリンの役目を果たすクレーメルが、穏やかな旋律の序奏を演奏すると、他の奏者たちも堰を切ったように、同じような旋律を演奏し、濃密なアンサンブルの世界を構築していく。彼らが奏でる響きは豊満でふくよかな香りが漂うが、同時にこの曲が持つ、一抹の寂しさやどこか悟りきった透徹さも感じられる。彼らが奏でる響きは、20世紀を代表する大作曲家・ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の世界に通じるものがある。
第二楽章 第一楽章と世界観ががらりと変わり、青春の美しさ、楽しさがこめられているような楽章でる。おそらくこの楽章は、作曲者が、自分が大切に思っている思い出をふり返るために書かれたのだろう。
第三楽章 しかし、ベートーヴェンがおかれた現状は厳しい。その現実を象徴するような楽章である。想像力は今もなお衰えていないが、それに反して健康面はすっかり衰えた。
第四楽章 作曲家自身の人生を振り返ったような楽章である。厳粛な響きを持つ主題、晦渋さに満ちた第一変奏に対し、第二変奏は力強さに満ち、自分はまだまだ革新的な音楽語法を開拓できるという意思が窺える。第三変奏はリーダーであるクレーメルと、各奏者の間の親密な対話、第四変奏は、各奏者の端正溢れるアンサンブルを楽しむべき。第五変奏に出てくる不協和音は、自身の健康と、彼が溺愛した甥の将来を悲観したかのような響き。チェロが思い出したかのように繰り出す汚い響きは、それらの不安を否定し、まだまだ自分は大丈夫であると、自らを鼓舞するかのようである。そして最後の第六変奏では、これまでの音楽人生を総括するかのように、随所にロマンに満ちた響きを多用している。
第五楽章 ベートーヴェンらしい、皮肉っぽい響きが溢れる楽章。弦楽四重奏曲では、周りの賞賛をどこか斜に構えたかのような響きになるが、この演奏ではベートーヴェンの響きの持つ力強さがよりいっそう強調されている感じがある。繰り返されるトリオはのびのびと演奏され、演奏者の間で繰り広げられるピチカートでのやりとり、コーダの部分での実験では、当時の聴衆にはより斬新に聞えたに違いない。
第六楽章 ヴィオラに導かれる、悲しげな旋律が印象的。おそらくベートーヴェンは、聴衆や演奏家、評論家からよせられる賞賛の声は、ほとんど信用していなかったのではないかと思える響きが印象的である。
第七楽章 冒頭の劇的な第一主題は「自分はこれだけ厳しい目に遭ってきたけど、まだまだ若い者には負けないぞ」という作曲者の意思表明に思えるし、第二主題ではそれに続く演説のようだ。力強く激しい響きは「自分はまだまだやれる。あたらしい語法を完成できる」という、作曲家の意思をあらしたものだろうか。再現部からコーダに賭けての響きは「ベートーヴェン先生、我々はもっとあなたの音楽を聴きたいです。だからいつまでも元気でいてください」という、聴衆や演奏家の励ましの言葉のように受け取れる。健康面で自信を失った作曲家だが、最後に弱い響きを繰り出したが、すぐにそれを否定するかのような力強い響きを見せ、見事に曲を締めくくるのである。

夢二のテーマ

梅林茂は1951年生まれの作曲家。1970~80年代初頭に、ニューウェーブバンド「EX(エックス)」のメンバー(ドラム&ギター担当)として活動した後、映画音楽の作曲家として活動。国内外の映画に、多数の楽曲を提供している。
竹久夢二のことをうたった「宵待草」を想起させるかのような節回しを見せるクレーメルのヴァイオリンが印象的。恋に破れ、とぼとぼと暗い街中を歩く夢二の姿が浮かんでくる。彼はどんな恋をしてきたのだろうか?どんな人がタイプだったのだろうか。おそらく夢二は、心の底から愛し合える人を求めていたのだろう。だが彼の恋はいろんな事情があって、とうとう叶うことがなかった。彼が遺した美人画は、叶わぬ恋の象徴なのだと思うと、ちょっと切ない。

ミケランジェロ’70

1970年に書かれた作品である。題名の「ミケランジェロ」は、1969年に活動を再開した、自らが率いる「ピアソラ五重奏団」が、定期的に演奏していたクラブの名前に由来する。一説には、ルネサンス時代の巨匠に捧げるための曲だともいわれている。
弦楽合奏によって導かれる激しい旋律と、ヴァイオリンとヴィヴラフォンの掛け合いは、この曲の聞き所。緊迫感に満ちたヴィブラフォンの響きは、何を象徴しているのだろうか?曲全体が、どこかサスペンスじみた雰囲気に満ちあふれている。ひょっとして、これは男と女の許されざる恋の逃避行を描いたものなのだろうか?あれこれ説得する男に対し、オンナは全力でこれを拒否する、という趣のある曲である。

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