PMF2014ガラコンサート

PMF2014ガラコンサート 出演者
(チェロ)

PMFアメリカ
(指揮)
2014年8月2日 札幌コンサートホールKitara

パシフィック・ミュージック・フェスティバル(以下PMF)とは、毎年7月~8月にかけて開催される音楽祭である。「アジアで、若手音楽家の育成をしたい」という、世界的大指揮者レナード・バーンスタインの提唱により1990年に第1回が開催された。もともとは北京で開催される予定だったが、前年(1989年)に勃発した天安門事件のため、札幌が開催地に選ばれたの。その理由は「梅雨がないから」だったそうだ。この音楽祭は「タングルウッド音楽祭」「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭」とともに「世界三大教育音楽祭」と呼ばれている。
この演奏会で演奏するPMFオーケストラは、世界中で音楽を学ぶ18~29歳の学生を対象に、オーディションで選ばれる。合格者はPMFアカデミーにて、世界の一流指揮者・オーケストラ団員から指導を受ける。オーケストラのリハーサルの一部及びゲネプロ(本番直前の通し稽古)は有料で公開される他、音楽祭の期間中は、アカデミー受講生と教授陣開催の室内楽コンサートが開かれるなど、市民が音楽に親しむ機会を作っている。
今回オーケストラの指揮をした佐渡裕は1961年京都生まれ。京都市立芸術大学在学中は、フルートを専攻していた。タングルウッド音楽祭のオーディションに合格し、、小澤征爾らに師事。1989年、プザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、指揮者としてデビュー。PMFの演奏会とは、1990~97年にレジデント指揮者として関わっていた。2015-16年シーズンから、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者(音楽監督)に就任が決まっている。

PMF2014ガラコンサート プログラム

キャンディード序曲(バーンスタイン)

ヴォルテール同名の作品をベースに、ヘルマン、ウィルバー、ソンドハイムらが脚本・作詞を担当し、バーンスタインが曲をつけた(限りなくミュージカルに近い)オペラである。1956年に初演されたが、興行的に失敗作と見なされた作品である。このことを不本意に思ったバーンスタインは改訂を加え、死去前年の1989年に改訂版が完成した。序曲は2008年以降「題名のない音楽会」のオープニングテーマとして使われている。
この演奏では弦楽器は豊かな歌と響きを聞かせ、木管楽器の音もチャーミングだ。惜しむらくは、曲全体に金管楽器が不安定なこと。世界中から選抜された学生で構成されるオーケストラとはいえ、彼らのほとんどはオーケストラの一員として演奏するのははじめて。しかも会場はほぼ満員で、さらに演奏会最初の曲目ときては、緊張するなというのが国なのかも知れない。願わくばこの経験が、これからの音楽生活に生かされますように。

ロココ風の主題による変奏曲イ長調 作品33(

チャイコフスキーの作品には、チェロとオーケストラのための作品が2曲あり、これはその1曲である。彼の親友だったドイツ人チェリスト・フィッツェンハーゲンのために書かれた作品であり、初演も1877年、フィッツェンハーゲンの独奏、ルビンステイン指揮のオーケストラで行われた。単一楽章である事、タイトルに「協奏曲」と名付けられていないにも関わらず、チャイコフスキー国際コンクールチェロ部門の課題曲にされているなど、この曲はチェリストには重要なレパートリーとなっている。
チャイコフスキーはこの曲を書くにあたり、フィッツェンハーゲンの意見を参考に筆を進めていた。ところがフィッツェンハーゲンは初演時、チェロパートを大幅に変更した上、8つあった変奏曲のうち最後の変奏曲をカットしたのみならず、変奏曲の順番を大幅に変更した。フィッツェンハーゲンの判断は演奏効果を高めることを狙ったものであり、初演は大成功を収めた。だがチャイコフスキーの楽譜を出版している出版社はこの事態に激怒し、作曲者自身も苦々しく思っていたようだ。最終的には初演成功の立役者であるフィッツェンハーゲンに配慮したのか、初演者が亡くなった後もチャイコフスキーは、フィッツェンハーゲン版での楽譜出版を了承した。
原典版の楽譜は1930年、ボリショイ劇場首席チェロ奏者だったクバツキーが入手する。クバツキーはチャイコフスキーの意図を復元することを計画する。実施にあたり、彼はモスクワ犯罪科学調査研究所の協力を得る事に成功する。X線と電子工学整流器を使用し、20年かけて復元されたこの楽譜は1956年、チャイコフスキー全集として出版された。現在では原典版を演奏するチェリストも増えており、チャイコフスキー国際コンクールチェロ部門でも、2002年(第12回)から原典版での演奏を規定している。
ソリストを務めたセルゲイ・アントノフは、1983年モスクワ生まれのロシアのチェリスト。モスクワ中央音楽学校、モスクワ音楽院で学ぶ。2007年、チャイコフスキー国際コンクールチェロ部門で優勝。 2008年初来日。現在はボストンに活動拠点を移し、世界各地で活発に演奏活動を展開している。
アントノフの音色は時に逞しく、時にしなやかで、特に繊細で物悲しくもあり、哀愁をおびている。ソロが弱音を使えば、オーケストラもこれに従う。一音一音に味の濃い表情をつけている。カデンツァに当たる部分では、最弱音~中音の音を自在に駆使し、モノローグのように語るチャイコフスキー像を造り出している。終盤の音色は、神経質なチャイコフスキーの性格を余すところなく表現している。惜しむらくは、オーケストラの音色にもうちょっと艶っぽさが欲しかったところだが、学生オーケストラにそこまで求めるのは酷なことなのかも知れない。

交響曲第5番ニ短調 作品47(

この曲が書かれる前年(1936年)。ショスタコーヴィチは深刻な危機に直面していた。この年に発表した歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」、バレエ音楽「明るい小川」が、ソビエト機関誌「プラウダ」から「社会主義リアリズムの枠からかけ離れて過ぎている」と激しい批判を受けた。運が悪いことに、その批判が掲載されたときはスターリンの「大粛清」のさなかであり、彼自身も友人や親戚の多くがその犠牲になった。身の危険を感じたショスタコーヴィチは、徹底的な反省と当局への恭順を示すための作品を書く必要に迫られた。この背景の元に書かれたのが「交響曲第5番」である。
この作品は「交響曲第2番」「交響曲第3番」のように合唱が入らず、交響曲分野における前作「交響曲第4番」のような前衛的な雰囲気は影を潜め、当局が推進する「社会主義リアリズム」路線に沿ったものとなっている。初演は1937年11月にレニングラード(現:サンクトペテルブルク)にて、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー・アカデミー管弦楽団によって行われ、大成功を収めた。ショスタコーヴィチとムラヴィンスキーは初演時にはじめて顔を合わせたが、指揮者の質問に作曲者はなにも答えず、リハーサル会場は険悪な雰囲気になったという。 困惑した指揮者が、リハーサルでムチャクチャなテンポで演奏すると、作曲者は「そうじゃない!」といってきたという。このことがきっかけで両者は打ち解けた関係になり、ムラヴィンスキーは交響曲第6番、8〜10番、第12番の世界初演、第7番・第15番のレニングラード(現:サンクトペテルブルク)初演を行っている。また交響曲第8番は、ムラヴィンスキーに献呈されている。
第一楽章は冒頭から緩急の差を激しくつけることで、この曲の持つ危険な香りを漂わせはじめる。弦楽器群の響きは透明であり、短めの勇壮な金管楽器の演奏が終わると、ヴァイオリンの細かい音の刻みに導かれて第二主題に入る。木管群のテンポは遅く、そのためどことなく不気味さが漂わせる響きが生まれる。第二主題の冒頭が繰り返され、曲がすすむにつれてピアノの響きは徐々に早くなり、金管群の響きもますます不気味さを増す。コントラバスと他の弦楽器のやりとりは、政府高官と作曲者のやりとりを表現しているのか?トランペットのせわしい音は、民衆が漏らす不平不満を表す音か?トランペットの音は勇壮だがやや迫力不足、リズムは重々しく厳しい。弦楽器は力強いが、金管楽器が弱いからバランスがとれないのが残念だ。
第二楽章は、指揮者がリハーサルで力を入れていた部分である。テンポは中庸だが、リズムは重く厳しく、一音一音はっきりと演奏される。ヴァイオリンとフルートの音色は軽いが、どこか皮肉交じりな雰囲気が漂う。ピチカートで演奏される部分は諧謔味に富む。ひょっとしてこの部分において、作曲者は当局をからかったのだろうか?
第三楽章は弦楽器が主体で演奏される。そのため響き全体が柔らかいが、指揮者の指向が最も出やすい楽章でもある。遅めのテンポで一音一音じっくり弾きこまれるため、不気味さがいっそう際立つ。クラリネットが奏でる音は、侘しさやもの悲しさが漂う。グロッケンシュピール、シロフォンの音は、最後の審判が近いことを暗示しているのか?そのあとに出てくる弦楽器の音は、作曲者が必死になって抗弁するかのように聞こえる。1:00:40過ぎの弦楽器の音は、作曲者がスターリンに「萬歳!」と叫んでいるみたいだ。終盤の弦楽器の弱音は集中力に満ち、ハープの音も粒が揃っている。
一拍休んだだけで第四楽章。序盤はテンポがゆっくりだがすぐに早くなり、ハイスピードでグイグイと押しまくる。トロンボーンが音を外した部分がもったいない。瞑想的な展開が現れる。1:09:00前後の弦楽器の表現は、不安を押し殺している市民の声のような表現。そして、不気味きわまりない第一主題が回想されたあと、小太鼓が導かれるリズムに導かれて、各楽器による冒頭主題の回想。それが終わると、打楽器群の勇壮なリズムが金管楽器をリードし、一気にフィナーレを迎える。最後のティンパニの演奏は力強い。これこそ、時代とスターリンが待ち望んでいた響きなのだろうか?

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