「スイス・ロマンド管弦楽団演奏会」

スイス・ロマンド管弦楽団演奏会
(藤倉 大)
ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35(
無伴奏バイオリン・ソナタ第3番から「ラルゴ」(J.S.バッハ)※アンコール
幻想交響曲作品14(
舞踏劇「ロココ」から「マドリガル」()※
「アルルの女」組曲第2番から「ファランドール()」※アンコール

(ヴァイオリン)
(指揮)

2014年7月8日 サントリーホール

15年ぶりに来日公演をしたスイス・ロマンド管弦楽団は1918年、スイスが生んだ名指揮者エルネスト・アンセルメによって設立された。本拠地はジュネーブ大劇場であり、名前の由来は「フランス(ロマンス)語のスイス」という意味である。設立当初から財政面が不安定であり、1930年代には活動休止に追い込まれる事態になった。1938年、スイス・ロマンド放送のオーケストラを合併したことで同放送局の支援が得られるようになり、アンセルメ指揮の下数々の名盤を生みだしていった。1968年、アンセルメとのコンビで初来日。数々の名演で知られていることから前評判が高かったが、実演はさほど評価が高くなかったため、評論家からは「アンセルメの名盤は、録音の魔術のおかげだ」と失望された。
アンセルメ退任後は低迷が続いたが、1985年アルミン・ジョルダンが、アンセルメ退任以来18年ぶりにスイス系の常任指揮者に就任、アンセルメ時代のレパートリーを復活させた。ジョルダン退任後の一時期も低迷が囁かれていたが、近年になって復活の兆しが感じられている。
当公演の指揮者・山田和樹は1979年生まれ。小さい頃から音楽に親しんでいたが、高校時代に吹奏楽部で指揮者を経験したことがきっかけで、指揮者を志す。東京芸大指揮科で小林研一郎松尾葉子に師事。大学在学中に有志オーケストラ「TOMATOフィルハーモニー管弦楽団」(現:横浜シンフォニエッタ)を結成し音楽監督に就任。2009年、プザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、世界中にその名前を轟かせる。国内外のオーケストラでの演奏経験が豊富で、現在はモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督権芸術監督、東京混声合唱団音楽監督、スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、日本フィルハーモニー管弦楽団正指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団ミュージックパートナーの任にある。

スイス・ロマンド管弦楽団演奏会 プログラム

Rare Gravity

藤倉大は1977年生まれ、15歳でイギリスに渡り現地の高校を経た後、トリニティ・カレッジ・オブ・ミュージックでダリル・ランズウィックに師事。ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック修士課程でエドウィン・ロックスバラに師事した後、キングス・カレッジ・ロンドン博士課程でジョージ・ベンジャミンに師事。
1998年セロツキ国際作曲コンクール(ポーランド)、ハダースフィールド国際作曲コンクール(イギリス)で、日本人ではじめて優勝。前者では、当時最年少の優勝者だった。2003年、武満徹作曲賞第2位受賞。受賞作品は東京フィルハーモニー管弦楽団により演奏される。2004年、日本人ではじめてロイヤル・フィルハーモニック作曲賞受賞、2005年国際ウィーン作曲賞受賞。
曲名の意味は「珍しい重力」だそうだ。藤倉はこの曲で「胎児が羊水の中で成長する動きを表現したかった」と語る。指揮者の山田和樹は
「彼だったら、スイス・ロマンド管弦楽団の色彩豊かな音色を生かしてくれる作品を書いてくれると思った」
とインタビューで述べた。本作品は、指揮者に献呈された。
冒頭はいかにも現代音楽という響きで、木管楽器が中心になって引っ張る不協和音が耳に残る。金管楽器群が、弱音器をつけたラッパ口(ーくち)を叩く表現が出てくるのはとてもユニーク。13;58からの木管楽器の音色は、用水の中で目覚めた胎児の動きを表現しているのだろうか?胎児が、お母さんのおなかの中で活発に動いている様子を音にしたのだろうか。16;18からの弦楽器の響きはカオス。18:01からの金管群の表現は、胎児が呼吸している音?そしておなかの中で再び活発に動き回る。チェレスタと弦楽器の細かい音は、胎児の心臓の動き?ゆーらりゆーらり、胎児は活発に動き回る。手足をバタバタ、響きは無調、メロディらしきものは皆無、聴衆は理解できるのだろうか?と思ったら、23:30前後にシェーンブルクらしい響きが登場。メロディらしきものもちらほら出てきて、聞きやすくなってきたかな?響きと楽器の絡まり方がいいという意見も、ネットでちらほら。終盤の弦楽器の動きは、出産間際の胎児の動きを描写したに違いない。最後の銅鑼の響きは、生まれた胎児の産声なのかな?この曲、10年後30年後はどんな評価を下されるのだろうか、ちょっと気になる。
それにしても、現代音楽はどこにポイントを置いて鑑賞すればいいのか、よくわからない。この曲を映画音楽で使ったら、どんな作品になるのだろう?

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35

この曲のソリストを務める樫本大進は1979年生まれ。2010年からベルリン・フィルハーモニー管弦楽団第一コンサートマスターを務めている。
3歳でヴァイオリンをはじめる。ジュリアード音楽院プレカレッジ、ドイツ・ギムナジウム、リューベック音楽院、フライブルク音楽大学に学び、ザハール・ブロン、ライナー・クスマウルらに師事。その才能は10代の頃から注目されており、1996年のロン=ティボー国際コンクールヴァイオリン部門では、史上最年少で第1位に輝いている。
第一楽章で会場に鳴り響くオーケストラの音色は彩りが豊かで、ヴァイオリンも一音一音、味の濃い表情を聴かせる。その音色は時にたくましく、時に繊細で、そして情熱的だ。指揮者も、オケの持つ色彩感を見事に引き出している。Vnの第二主題でも楽器はよく鳴り、よく響き、よく歌う。カデンツァにさしかかると、ソリストは一音一音丁寧に、味の濃い表情をつけて弾いていく。樫本は、この部分に自分の持っている情熱と技術のすべてを惜しげもなく注ぎ込んいる。カデンツァ終了直前に入ってくるオケの部分では、木管の愉悦感と分厚い弦楽器の響きと伸びやかな表現は素晴らしい。最終盤では、オケもソリストも引き飛ばすことなく、一音一音はっきりとわかりやすく弾いていく。あまりのすばらしさに、曲が終わったわけでもないのに、観客から拍手が。
第二楽章での樫本は、メゾピアノからメゾフォルテまで、強弱やテンポも自在に動かしながら、味の濃い演奏を繰り広げる。伴奏するオーケストラのフルートの音色も、寂寥感がたっぷりかかっている。オペラ歌手が歌っているような音色を奏でる、樫本のヴァイオリンは、この上なくロマンティックだ。しかも、同じフレーズを同じように弾かず、少しずつ変化をつけて仕上げていく。そして終盤は、しなやかな弦楽器の全奏で、そのまま休むことなく第三楽章へ。
第三楽章の曲の入りは、オペラのような盛り上げ方である。ソリストのピチカートも、テンポを自在に変えている。ヴァイオリンのむせぶようなカンタービレは素晴らしく、速いパッセージを、超絶技巧で軽々と弾いていく。第二主題は、スラブ系の舞曲チャルダーシュのリズムに乗って、味の濃い演奏を展開。オーボエとクラリネットの音の受け渡し、ヴァイオリンとコントラバスの音の受け渡しにも、濃い表情が込められている。オケのピチカートとヴァイオリンのビブラートのやりとりは時に穏やかで、激しく、鋭い。彼のヴァイオリンを聴いたある人は「演歌の小節のような節回しだ」と書いた。そうだ、彼はヴァイオリンを使って「クラシック」という名の「西洋演歌」をうたっているのだ。 そして怒濤のフィナーレ。オケもソリストも汗を飛ばして熱演する。情熱を名演へと消化させたソリスト、オケ、そして指揮者に万雷の拍手。これはとてつもない名演である。
アンコールは、J.S.バッハの無伴奏バイオリン・ソナタ第3番から「ラルゴ」。格調高く、味が濃い音色で紡がれる響き。バロック時代らしく、端正で淡泊な音と響きで聴きたいと思う人も多いに違いないが、こういう隈取りがくっきりした演奏を好む人も多いだろう。そして終盤は優しい音色。いいわあ。人間性を感じさせる。

作品14

ベルリオーズが、自信の失恋を元に書き上げた標題音楽である。
1827年、ベルリオーズはパリで公演していたイギリスのシェイクスピア劇団が上演する「ハムレット」を観劇する。彼はその芝居に出ていた女優に熱烈な恋心を抱くが、その恋心が届くことはなかった。彼はその女優に憎しみの念を抱き、そのことをきっかけにこの曲が書かれた。
初演は1830年12月、ベルリオーズの友人である指揮者フランソワ・アブネックの指揮で行われたが、第四楽章はアンコールに応えてもう一度演奏されたといわれている。楽譜の出版は、初演から15年後の1845年である。楽譜出版から10年間にわたり改訂が加えられ、1855年に発表された版では、大きな変更が加えられている。
第一楽章は冒頭の物悲しげな序奏のあと、途切れることなく最弱音で演奏が続く。コントラバスの不気味な響き、木管群の不協和音、物悲しげな弦楽器のピチカート、おぼろげな希望を表出するかのようなホルンは、作者の心に残るわずかな希望と、徐々に広がる絶望感を表現しているのだろうか。1:29:00過ぎからの曲調は、一転して楽しかった頃の思い出に変身する。楽しげなワルツの旋律が舞踏会場に流れ、男はあこがれの彼女と一緒に楽しげに踊るが、その表情はどこか不安げである。そしてインタビュー画面で出てきたデモーニッシュな響きのあとに出てくる、木管群が奏でる希望と不安に満ちあふれたメロディー。しなやかで柔らかく、色彩感豊かな弦楽器の響き。それに混じって奏でられる、コントラバスのデモーニッシュな響き。観衆は終盤の猛烈な加速とその迫力には圧倒され、最後は穏やかな表現で曲を閉じる。
第二楽章におけるコントラバスとそれ以外の弦楽器の響きが、あまりにも対照的である。ヴァイオリン・チェロ・ヴィオラが楽しかった思い出を奏でるのに、コントラバスは意固地になって悪魔の響きを奏で続ける。第一ヴァイオリンはとても歌心があり、木管群の演奏も愉悦感と多彩な色彩を感じさせてくれる。オーケストラの響きは、明治時代に「文明国」である事を証明するために作られた「鹿鳴館」の響きを想起させる(実際には聴いたことないけど)。社交界が主宰する舞踏会って、こんな感じなのかな?中間部ではコントラバスが目立たないだけ、暗さ・不安というのは感じられないが、男は恋人との将来に希望を見いだせないでいる。不安だけど、何とかなるっしょ」と思いたいが、それでいいのかというくらい感情も垣間見える。終盤のテンポは、まさに破滅に向かって一直線。
第三楽章で交わされる、コーラングレとクラリネット・ソロのやりとりのテンポはゆったり目。1:47:45過ぎから登場する弦楽器の澄み切った音色は、野原に吹く風のささやきを表現したもので、若者の心の中にさざめく不安感を表している。もしあの人に捨てられたらどうしよう?という男の不安な気持ちに、チェロとコントラバスの低弦楽器が、若者に「高嶺の花は届かないから諦めろ」と命じている。しかし男の耳にその忠告は届かず、荒野の中をあてどもなくさまよっている。弦楽器が奏でる音連符は、若者の不安の鼓動を暗示しているのか?後半のコントラバスの奏でるメロディは、明らかにワーグナーの影響を受けているな。そしてやってくる運命の時。彼女には他に好きな男がいたんだ!絶望に駆られるも、それでも男は彼女を忘れられない。内容はこの上なくどろどろしているのに、演奏するスイス・ロマンド管弦楽団の音色はどこまでも澄んでいる。それが逆に、若者の抱える暗い闇を強調するようでつらい。そして、恋心を抱く若者が他の男と会っていた時の現場を見た時のショックといったら!彼はとぼとぼとその場を離れるが、ますます彼女に対する思いは募る一方。そしてあの野原に戻り、羊飼いにどうすればいいのか尋ねる。だが相手はもうそこにはいない、返ってくるのは、暗い将来を暗示する銅鑼の音。尋ねても尋ねても返ってこない返事。もらえない答え。やけになった男が下した結末とは…
第四楽章で、とうとう男は彼女を殺してしまう。ティンパニと弦楽器で表現される裁判官が、男に死刑の判決を下す。ピチカートで表現される、男の死の恐怖。金管群が、死刑の時が近いことを教える。男は己のやったことを一瞬だけ後悔するが、ときすでに遅い。のろのろと死刑台へ歩く男。死出の旅への準備は整ったのに、男はまだ未練がましく視線をきょろきょろさせている。一瞬の静寂のあとシンバルが鳴り響き、死刑執行の時間が来たことを聴衆は知る。クラリネットの音のあと、ついにギロチンは男の首を切り落とす。執行人が、男の首を観衆に差し出す。
前楽章から一拍休んだだけで、そのまま最終楽章へ。地獄へ突き落とされた男は、あてどもなく彷徨っている。殺されたはずなのに、男はますます不安に恐れおののく。自分はこれから、ここでどんな目に遭うのだろう?楽しかったはずの現世での舞踏会の思い出は一瞬でかき消され、別の舞踏会が始まるのを男は目撃するが、なんの踊りだか男には理解できない。一瞬の静寂のあと、会場内に響く鐘の音。自分は彼女を殺して断頭台に送られ、地獄へと突き落とされた。それなのに、まだ自分はこの世界で苦しめられるのか?悶々としているうちに、かつて愛したはずの彼女がやってきた。だがこの世界の彼女は、かつてのような美貌も気品も慎みもなくなり、ただただ醜悪な姿をさらしている。違う、俺の愛した女はこんな女ではない!あの女は一体どこに行ったのか?彼女は現世で男と一緒に踊った舞踏会のように踊ろうとする。女は自分では、あの時と同じように踊っていると思っているのだろう。しかし男はそんな彼女をとうてい受け入れられない。名前も姿も一緒なのに、彼女は昔の彼女ではない。彼女は、もう昔の彼女ではなくなったのだ。弦楽器の動きと打楽器の音が、男の絶望感をいっそう増幅させる。金管楽器が奏でるのは、まさに地獄のメロディー。ここはこの世の生き地獄なのか?木管群とピチカートが奏でる猛烈な加速が、地獄のダンスを表現している。これは悪夢なのだ。そして男は目が覚める。いままで俺が見た夢はいったい何だったのか、と。
この演奏はすごい。この曲の持つデモーニッシュな雰囲気を、ここまで表現した演奏はなかっただろう。各首席奏者と握手する指揮者の表情には、満足感が漂っていた。

舞踏劇「ロココ」から「マドリガル」

アンコールはシュレーカーの舞踏劇「ロココ」より「マドリガル」。R.シュトラウスがハリウッド映画のために曲を書いたら、こんな感じになるのだろうなという曲だが、指揮者はこのオケから色彩感豊かな表現を引き出し、この曲の魅力を伝えることに成功した。しなやかな弦楽器、哀愁感漂う管楽器の響きは最高。
シュレーカーは1900〜1930年代にかけて、ドイツ圏を中心に活動した作曲家で、生前はR.シュトラウスとともにドイツのオペラ作曲をリードしていた。しかしユダヤ人である事から、ナチス・ドイツ政権から睨まれることになった。オペラの上演は妨害され、勤務していたベルリン高等音楽学校校長職、芸術アカデミーの教授職も解かれるなど、不遇の晩年を送った。

「アルルの女」組曲第2番から「ファランドール」

2曲目のアンコールは「アルルの女」組曲第2番から「ファランドール」。速めのテンポ設定なのに、アンサンブルが乱れることはないのは驚異。弦楽器の力強い響き。打楽器の迫力。終盤の勢いはとても情熱的。力任せの終わり方だという人もいるかもしれないが、これだけの名演を聴かせてくれたのだから野暮はいわないでおくのが粋というもの。もっともっと彼の演奏を聴いてみたい。

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