「NHK交響楽団 第1786回定期公演」

第1786回定期公演プログラム
組曲「恋人」作品14(
1.恋人
2.恋人のそぞろ歩き
3.別れ
ピアノ協奏曲イ短調 作品16(
交響曲代第1番変イ長調 作品55(

(ピアノ)
ウラディーミル・(指揮)
NHK交響楽団
2014年6月18日 サントリーホール

NHK交響楽団の第1786回定期公演は、前回に引き続きウラディーミル・アシュケナージがタクトを振るった。今回のプログラムはシベリウス・グリーグ・エルガーと、少々毛色が変わったものである。
本公演のソリスト・中野翔太は1984年茨城県生まれ。5歳からピアノをはじめ、15歳の時にジュリアード音楽院プレカレッジに進学、ジュリアード音楽院を卒業.同音楽院ではピアノをイエプリンスキーに、室内楽をパールマンに師事。1996年、全日本音楽コンクール小学生の部全国1位を受賞している。

NHK交響楽団 第1786回定期公演プログラム

組曲「恋人」作品14

もともとこの曲は1894年、男声合唱コンクールに応募するために作曲されたものである。コンクールでは2等賞になったが、演奏家や批評家からは、なぜこの曲が2等賞なのかと不満の声が上がったという。合唱曲として発表後、シベリウスはこの曲を様々な形で改変した。弦楽合奏盤はそのうちの1つであり、1911年から12年にかけて編曲され、1912年3月自身の指揮・ヘルシンキフィルハーモニー管弦楽団の演奏で初演された。
この組曲は、3曲で構成されている。
「恋人」は、切ない響きで始まる曲であり、恋の切なさと悲劇的な終わりを暗示しているかのような旋律が特徴だが、指揮者がオーケストラから引き出す響きの質は柔らかくもなければ、意志の強さも感じない。ロマンティックだがそれだけ。不吉な恋の運命を暗示しているかのようなティンパニの音色が印象的。
「恋人のそぞろ歩き」は前曲とは一転して、雰囲気は明るい。弦楽器の細かい動きは、恋人同士の会話を表現しているのだろうか?ところどころ音が大きくなるのは、マイクセッティングのまずさが原因か?トライアングルは、心臓の鼓動のかもしれない。二人が仲むつまじくしゃべっていたら、突然曲が終わってしまった。これは悲劇の予感か?
「別れ」はどこかくらい響き、悲しみの旋律を讃えるソロ・ヴァイオリンが印象的。別れるのはイヤだと、悲痛な訴えをしているのは男か女か?「別れ」というタイトルがついているが、この音楽で展開される内容は、どうやら普通のけんか別れではなさそうだ。病気で、恋人が助からないのかも知れない。愛する人は、もうすぐ手の届かないところにいってしまう。弦楽器の不気味な旋律、そして不協和音、うねるような弦楽器の響き。ティンパニの音は、最後の時が告げられたことを暗示するものか?このとき、二人の胸中にはどんな気持ちが湧き起こっているのだろうか。

ピアノ協奏曲イ短調 

グリークが完成させた、唯一の協奏曲。作曲者がデンマーク訪問中(1868年)に作曲され、初演は1869年4月にコペンハーゲンで行われた。彼はその後、出版社からの依頼で2番目のピアノ協奏曲に着手したが未完に終わり、そのかわりに当曲の改訂に力を注いだ。現在演奏されるのは、グリーグ最晩年の1906~07年にかけて改訂され、1917年に出版されたもの。楽想に大きな変更点はないが、初版と改訂版では楽器編成が異なり、400カ所以上の変更がされている。
第一楽章はティンパニの力強い音に導かれて登場するピアノ独奏はとてもクリアな音色である。ゆったりしたテンポから生まれるメロディーはよく歌い、ロマンティックなファンタジーが溢れる。低弦群の音色もロマン色が濃厚で、金管群の音は迫力がある。ピアノとオケの対話、右手と左手の対話。両手が鍵盤の上で繰り広げるダンスと対話、ソリストとオケの対話はどちらも素晴らしい。厳粛な響きで始まるカデンツァは、曲の進行とともに重く、鬱陶しく、情熱的になっていく。終盤の激しい響きは、フィヨルドに打ち付けられる波の音のよう。ソリストは険しい顔であらん限りの情熱をピアノにぶつけ、オケもその気持ちに厳粛な表情で応える。
第二楽章の弦楽器は重々しく厳粛だが力強く、チェロも金管群の音色もどこか哀愁をおびている。ピアノの表情は、人生は思うに任せないものであると悟ったのか、どこか冷めた響きである。ホルンとピアノの対話では、何かを訴えたくてしょうがないという様子が垣間見える。
この演奏では、一拍おいただけですぐに第三楽章が始まる。テンポの速いパッセージを、ソリストは軽々とクリアしていく。さすがに息切れしたのか、ちょっと呼吸が乱れるところも散見されるが、それでも一気に押し切っていくテクニックと迫力はすごいと思う。フルートの速いパッセージのあと、ピアノがゆったりしたテンポで、ロマンティックな表情を奏でる。ピアノもオケも一度テンポを落として、一気に盛り上がる表現は、まるでオペラのようである。50:25過ぎからのピアノの音色は、まるで輪舞曲を踊っているような雰囲気。最後の盛り上がりは、若さ故の特権という奴か。渾身の思いを込めて、ソリストは情熱を鍵盤にたたきつける。

交響曲代第1番変イ長調 

1907年から1908年にかけて作曲された、エルガー最初の交響曲。初演は1908年12月、この曲の献呈を受けたハンス・リヒター指揮ハレ管弦楽団により、マンチェスターのフリートレードホールで行われた。初演時は一部否定的な声も上がったが大変な反響を呼び、初演から1年で100回以上再演されたヒット曲である。
第一楽章は雷鳴を思わせるティンパニではじまり、第一主題は荘厳な雰囲気をもつ。出だしのテンポはゆったりだが、「威風堂々」を思わせるとても迫力と威厳に満ちた曲調。一気に盛り上がったかと思えば、だんだん音色は弱くなっていく。第二主題の金管群・ティンパニの響きは力強く、そしてどこか儚げな表情を見せる。1:03:50過ぎから始まる金管の咆吼はおどろおどろしく、木管群の細かな動きは、何かに驚き追われているかのような表情を見せる。エルガーはなぜ、この曲におどろおどろしい旋律を詰め込んだのが、自分なりに考えてみた。この曲が書かれた1908年は、オーストリア・ハンガリー帝国がボスニア・ヘルツェゴビナを併合するなど、世界中にはきな臭い動きが溢れている時期である。世界中で帝国主義の価値観がまかり通ることについて、エルガーは強者が弱者を追い詰めるのはもう沢山だというメッセージを、この曲にこめたのではないだろうか。終盤のメロディーは一気に盛り上がり、金管は咆吼し、弦楽器は絶叫する。しばらくの間弱音が続き、トランペットは咆吼し、強弱緩急は交互に現れる旋律は、とても威風堂々の旋律を書いた人間とは同一人物とは思えない。そして、何かを悟りきったかのように楽章を閉じる。
第二楽章の第一部はせわしなく動き回る弦楽器と、勇壮な金管群が醸し出す力強い旋律が印象的。ティンパニのマレットは腹に響き、ずしんと重く来る。中間部は仄かに明るい旋律が登場。低弦部は迫力に満ち、雰囲気はまるで行進曲。そしてまた第一部に戻り、どこか物憂げな雰囲気がそこかしこに出てくる。ヴァイオリンのピチカートに導かれ、休むことなく第三楽章へ。
第三楽章は叙情的かつ情熱的な冒頭で始まり、厚みのある弦楽器のハーモニーが愉しい。緩急強弱も大胆に使い分けられ、ハリウッドの映画音楽で使えそうな、情熱的な旋律が随所にちりばめられ、低弦群の迫力も半端じゃない。1:35:15からの弱音の表現は、どこか澄み切っている。情熱的な弦楽器の響きは情熱的かつしなやかだが、後半はさすがに疲れたのか、アンサンブルが少々荒くなる部分が出てくる。終結部は、どこかさとりきった、穏やかな旋律。
第四楽章は不穏なバスクラリネットの音に導かれて楽章が開始される。叙情的で息の長い旋律が続いたあと、付点リズムのついた第一主題が始まる。ヴィオラ、ヴァイオリンが情熱的な旋律を奏であったかと思うと、迫力満点の第二主題が登場。この迫力と情熱は、ベートーベンにもショスタコーヴィチにもない、エルガー独特の音楽語法で、ハープの澄んだ音色がいい。後半はオペラのような、息の長い旋律が延々と続く。ホルンの雄大な音色、力強い響き、金管の咆吼、重々しいリズム。終結部になると、威風堂々を思わせるようなテンポと響きが登場し、リズムも重く厳しい。だが最終盤はさすがに疲れたのか、響きが妙に軽く薄っぺらくなってしまったのが惜しまれる。

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