「NHK交響楽団 第1785回定期公演」

第1785回定期公演

ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30(
作品64(

ベフゾド・(ピアノ)
ウラディーミル・(指揮)
NHK交響楽団
2014年6月13日 NHKホール

コンサート・プラス
(フェラーリ)
(指揮)

NHK交響楽団 第1785回定期公演 プログラム

ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30

NHK交響楽団第1785回定期演奏会は、前回に引き続きアシュケナージを指揮台に迎え、ラフマニノフ、R.シュトラウスという、近代を代表する作曲家でプログラムを組んだ。
前半のラフマニノフ・ピアノ協奏曲第3番は、ピアニスト泣かせの難曲として有名である。この曲は1909年夏、自らが同年の秋に計画していたアメリカ演奏旅行のために作曲された。全曲が完成したのは同年9月だが、時間の制約からラフマニノフはロシア国内で練習できず、アメリカに向かう船中で音の出ない鍵盤を用いて練習を仕上げたという。
初演は同年1909年11月、作曲者自身のピアノ&ウォルター・ダムロッシュ指揮ニューヨーク交響楽団によりカーネギーホールで行われ、翌1910年1月、マーラー指揮ニューヨーク・フィルハーモニックとの競演で二度目の演奏が行われた。当時ニューヨークフィルは東欧系音楽の解釈に不慣れであり、マーラーは時間が来ても楽団員を帰さず、長時間の練習を続け、その様子に作曲者は多大な感銘を受けたといわれている。だが1920年代は、時間の長大さ(約45分)やピアノ技能の至難さからコンサートで取り上げられる機会が少なかった。この曲がクラシックファンに認知されたのは、ホロヴィッツが自らのコンサートで積極的に上演するようになってからである。
ソリストを務めるベフゾド・アブドゥライモフは、1990年タシュケント(ウズベキスタン共和国)生まれのピアニスト。5歳頃から母親からピアノの手ほどきを受け、地元の音楽院を経てアメリカに留学。2009年、ロンドンピアノ国際コンクールで優勝後、シャルル・デュトワ指揮ロイヤル・フィルハーモニーの演奏会でステージデビューを果たす。2011年にデッカ・レコードと専属契約を結び、2012年にCDデビューを果たすなど、これからの活躍が期待されている若手ピアニストである。
第一楽章序盤のピアノのテンポはゆっくり目に設定され、音色はクリアーだが対照的にオケの響きが薄っぺらく聞える。そのため最弱音で奏でられるハーモニーにコクというのが感じられないのが残念だ。バスーンのソロに寂寥感が感じられ、ホルンのソロは雄大であるなど管楽器は健闘している。ピアノとオケの関係は、お互いが相手に寄り添う雰囲気が感じられる。ピアノはミスタッチも多少あるが次第に指がよく回り、若さと勢いで押し切ってしまう。曲の進行とともにソリストの勢いに感化されたのか、オケも力強い響きを奏でるようになる。ソリストの表情には鬼気迫るものがあり、音色も狂気をおびるようになる。大伽藍のようなピアノの響きで奏でられる長大なカデンツァと、その後に出てくる木管群・金管群のやりとりはとても印象的。
第二楽章はソリスト・オケとも、ポルタメントがふんだんにちりばめられた、切ない表現が耳に残る。メンゲルベルクかN響を振ったら、おそらくこんな感じになるんだろうか。28:39からの表現は、まるでショパンのワルツのような音色である。長大なカデンツァではソリストは自分の世界に没入する。時が過ぎるにつれ弦楽器が醸し出す、ロマンティズムのなんと濃厚なことよ!
第三楽章は前楽章から、ほぼ切れ目なく始まる。オケの奏でる濃厚な旋律の上に乗っかり、ピアノが濃厚なロマンティズム溢れるファンタジーの世界を構築し、木管群がこれをアシストする。43:22過ぎのピアノの音色は、まるで鐘の音色のようであり、作曲者はピアノのありとあらゆるテクニックを、この曲に注ぎ込んだという印象。ラストのピアノ表現は他に表現しようがなく、終盤は指揮者とオケを挑発するかのような視線を送る。この演奏を仕切っているのは指揮者ではなく、ピアニストである。まだ24歳にして、これだけの完成度の高い演奏を聴かせてくれるとは。彼の演奏をもっと聴いてみたい。

アルプス交響曲 作品64

R.シュトラウスが作曲した2曲の表題つき交響曲の1つ。14歳(一説には15歳とも)の時に体験した、ドイツアルプスの登山経験を音楽にしたものである。1915年10月、自身の指揮・シュターツカペレ・ドレスデンの演奏で初演された。表題がついた曲は全部で22あるが、実際での演奏は切れ目なく演奏されるため、実際は単一楽章の曲になっている。演奏時間は50分ほど。
冒頭のトロンボーンの音色は色気が欲しいし、金管群のやりとりは、ワーグナーの影響をもろに受けている。「日の出」の始まりドラマティックで、作曲者は山中で見た日の出の光景に感動したのだろう。「登り道」は低弦合奏で始まるが、もうちょっと力強さがあってもいい。
「森に入る」の冒頭での大きな音は雷を表現した?まさかね。この部分の響きは歌劇「ばらの騎士」を彷彿とさせる。木管群の響きは、森の中でさえずっている鳥たちを表現したのだろうか。そんな中を、ゆったりと歩を進める一行。正副コンマスのヴァイオリンの音色は、一行が周りの風景を見た感想を語り会いながら歩いている様子を表現したのか。「滝」は、導入部分がいかにもという感じで、「山の牧場」では、牛の鳴き声とアルプスホルンをまねした響きが出てくる。「林の中で道に迷う」は、登山者が道に迷って右往左往する様子がもろに出ている。
「氷河」でのティンパニの連打は、一体何を表現しているのだろう?「危険な瞬間」は、曲の入りは勇ましいが、やがて弦楽器とトロンボーンが、登山者の表現を表出する。そして「山頂」。たとえが卑猥で恐縮だが、セックスでオーガズムに達した瞬間かと思わせる響き。作曲者は女性の心と同じように、山頂も見事に征服して見せた。ホルンが、逞しい勝利の歌を奏でる。「見えるもの」では、山を征服した悦びに満ちあふれているが「霧が立ち上る」では、濃い霧が登山者一行の前に立ちはだかる。不安がる一行の面々。
「哀歌」では木管群と弦が奇が、登山者の不安な胸中を代弁。「嵐の前の静けさ」は本当に不安そう。そして出てきましたウィンドマシーン!担当の奏者は、普段どんな楽器を演奏しているのか気になるところ。猛烈な嵐がやってきて、パニックになる一行。さらにはサンダーマシーンなるものも登場する。この曲は、珍しい楽器のオンパレード。いくら標題音楽とはいえ、そこまでやる必要があったのだろうか?「日没」のところでは、弦楽器に極度の集中力を要求する。余韻はセックス後の後戯見たい。事が終わり、男性が女性に優しく話しかけ、抱きしめているかのように、ゆっくりゆっくり下山している。曲の最後、やっぱりワーグナーの影響を色濃く残っている。そして、気がつけばまた夜の世界に。オーケストラ全体で思い切り弱音を奏でる。そして、静かに曲が終わる。

コンサート・プラス プログラム

歌劇「聖母の墓石」から間奏曲

コンサート・プラスは、ボリス・フェラーリの歌劇「聖母の墓石」から間奏曲。柔らかい弦楽器を主体にした演奏。とてもロマンティック、そしてどこか寂しさが漂う演奏。フルートのソロがどこか儚げ。弦楽器の音はいいが、木管・金管楽器が日本のオーケストラは弱いんだよな。このフルート奏者はまだましなんだけどさ。

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