フィラデルフィア管弦楽団演奏会

フィラデルフィア管弦楽団演奏会
交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」(
交響曲第1番ニ長調「巨人」(
小フーガト短調 BWV578 ( ストコフスキー編曲)※アンコール

(指揮)

2014年6月3日 サントリーホール

NHK・Eテレが放映するクラシック音楽番組は、以前は外国からのオーケストラ演奏だけでなく、室内楽曲、個別楽器のリサイタル・オペラなど、多彩なプログラムを放送してきた。
ところが2013年から「クラシック音楽館」という番組が設立されて以降は、NHK交響楽団(以下N響)の演奏が中心になってしまった。月1回程度N響以外のオーケストラ演奏が中継されることがあるが、室内楽・ピアノに至っては「コンサート・プラス」で細々と紹介されるだけになってしまった。NHK衛星放送は、「プレミアムシアター」というクラシック番組を放映しているが、こちらも大規模な管弦楽曲が中心になっている。器楽曲・室内楽ファンはBS放送のクラシカ・ジャパンを見るか、YouTubeにアップされている演奏を見るしかない。前者は視聴するのに月3,000円以上払う必要があり(その分、放送される演奏はバラエティーに富んでいる)、後者はお気に入りの演奏が著作権法に触れると、直ぐに削除される。NHKには、もっと変化に富んだ番組放送を期待したいのだが、これは無理な注文なんだろうな。

今回の演奏は、ヤニック・ネゼ・セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団(以下「フィラ管)である。このオーケストラは1900年に設立され、クラシックファンからは「アメリカ5大オーケストラ」として認知されている。ファンや評論家から「華麗なるフィラデルフィア・サウンド」と賞賛される、このオーケストラが持つカラフルで鮮やかな音色や密度の濃い豪華な響きは、地元カーティス音楽院の成績上位者で占められるオーケストラ団員が支えている。このオーケストラの響きは、レオポルド・ストコフスキーユージン・オーマンディという、二人の音楽監督によって練り上げられたものだ。
しかし欧州に拠点を置くオーケストラの多くが、政府や地方自治体からの補助金を中心に運営されているのに対し、アメリカのそれは個人篤志家の支援に多くを頼っていることが多い。フィラ管もその例に漏れず、収入の大半を地域住民からの募金に頼っていた。ところがリーマンショック後の経済低迷でオーケストラ運営が困難になり、2011年4月、日本の民事再生法にあたる連邦倒産法第11章の適用を申請する事態に追い込まれた。連邦倒産法を受け入れるにあたり、オーケストラ理事会では様々な葛藤があったようだが、1年後、無事に更生手続きを完了することができた。だがアメリカのオーケストラは大なり小なり似たような問題を抱えているらしく、フィラ管と同じような決断力・実行力があるのか懸念をもたれている。
本公演の指揮者であるヤニック・ネゼ=セガンは、1975年生まれのカナダの指揮者。ケベック音楽院で室内楽とピアノを、ウェストミンスター・クワイヤー・カレッジで合唱指揮を学ぶ。弱冠14歳でモントリオール・ポリフォニー合唱団の練習指揮者を務め、19歳で同合唱団の音楽監督に就任。その翌年(1995年)には自分のオーケストラを設立し、2000年にはモントリオール・オペラの音楽アドバイザー、グラン・モントリオール・メトロポリタン管弦楽団の首席指揮者及び音楽監督に就任。その後も国内外のオーケストラと演奏活動を展開し、2010年からフィラ管の音楽監督に就任した。

フィラデルフィア管弦楽団演奏会プログラム

交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」

1788年に完成した、モーツァルト最後の交響曲である。交響曲第39番・交響曲第40番同様詳しい初演日時は不明だが、彼の生存中には演奏されていたと思われている。サブタイトルの「ジュピター」は、ローマ神話の最高神ユーピテルに由来している。
第一楽章の第一主題はとても歯切れがよく、モーツァルトらしい典雅さもある。基本的なテンポは速めで、弦楽器の奏でる歌は豊かだ。弦楽器の音色は、時間がたつにつれて上品になっていく。ティンパニの打撃も力強い。宮廷の祝典を思わせる堂々とした力強い響きだ。弦楽器は時に柔らかく、弱く、優雅に、時に力強く、たくましい響きを聞かせる。最後のファンファーレは、宮廷音楽にふさわしい。
第二楽章は全体的に優雅でもの悲しさを湛えた表現だが、管楽器の音色にもうちょっと侘しさがあればいいなと思う。一番の見所は、指揮者の表情。彼は指揮棒ではなく、自らの顔の表情でオケに指示を出している。30:00過ぎの管楽器の表現は、愉悦感に溢れたいい音であると思う。隈取りがはっきりしていて、上品で、軟らかい表現である。
第三楽章冒頭の響きは、ミキサーの腕が悪いのか濁って聞こえた。強弱のメリハリをつけた演奏だが、それでいて典雅さや上品さにも欠けていない。指揮者の表情はとても豊かだ。オケもそれにあわせてのびのびと歌っている。そこにはまさに「音楽する悦び」に溢れている。
第四楽章は、冒頭から充実した音の洪水が聴衆を襲う。軽さと力強さの見事な融合。こんなドラマティックな表現は初めて聴くなあ。すっきりしていて、強弱緩急自由自在。ここぞというところで、欲しい音を自在に引き出す指揮者の手腕は見事の一言である。

交響曲第1番ニ長調「巨人」

本日後半のプログラムは、マーラー交響曲第1番ニ長調「巨人」この曲のなりたちについては、広上淳一&京都交響楽団の記事に書いたので、詳細はそちらを参照してください。検索エンジンで「マーラー」と入力するか、このページの曲名タグをクリックすれば出てくるはず。
第一楽章の冒頭の開始音は硬い響きだが、演奏がすすむにつれて管楽器の音色は柔らかくなり、ファンファーレの金管も優美な響きを聞かせてくれる。50:50過ぎの表現はテンポはゆっくり目で、響きは柔らかい。第一主題の弦楽器は力強いくきめ細かい。ホルンたくましい音を聴かせてくれ、チェロの音色も優美である。57:00前後に聞える、弦楽器群のフラジオレットによるA音の持続は冒頭に比べてだいぶ柔らかくなっている。冒頭に出てくる同じ音階の響きが堅かったのは、聴衆に対して「いい格好をしたい」と意気込んだ結果だと思いたい。58:20前後のホルンの音は柔らかく、続いて登場する弦楽器もやはり上品であり、59:35過ぎの音色はまるでワルツのようだ。1:01過ぎからの表現は、エネルギーをためてためて一気に爆発する。ホルンのたくましい響きは、若々しいマーラーの象徴か。ラストのティンパニの響きはとても歯切れがいい。
第二楽章は力強いワルツであり、低弦の奏でるリズムは歯切れがいい。1:06:00からのコントラバスの最弱音は注目。この楽章はスケルツォのはずだが、私には表情豊かなワルツに聞こえる。紳士淑女の集う舞踏会で、このリズムとテンポで踊れたら最高だと思うのは私だけかな。終結部の迫力は、東洋系オケには難しい音と表現である。
第三楽章は、最弱音で始まる楽章である。コントラバスの侘しいメロディーに導かれて登場するファゴットとオーケストラ。ハープの実際の音色は、舞台上ではどう聞こえたのだろう?弦楽器群は自由自在で表情が濃い歌を聞かせ、中間部では恍惚とした雰囲気を醸しだし、弱音でしみじみとした歌が美しい。休符を一拍挟んで、再び回帰される主部は妙に不気味であり、トランペットの音色もどことなくホラーじみている。その直後の音がやたらと明るいだけに、不気味さはいっそう増す。最後に出てくるハープとファゴットの最弱音は、最終楽章への布石である。
そして怒濤の第四楽章。恐怖とそれに打ち勝たんといわんばかりの響き。ティンパニの音と迫力は、それにいっそう拍車をかける。1:26:10からの弦楽器の表現は、とても色っぽい。ここからの演奏はマーラー自身が体験した、恋愛にまつわる様々な感情を盛り込んだのだろう。青春の喜びと悲哀がぎっしりと詰まったロマン色濃厚な表現を強調し、広上&京響の演奏に比べるとかなり表情が濃い。1:30:55過ぎのホルンの音は、音を外したように聞えたのは気のせいか。勝利を表すトランペットのファンファーレが鳴り響いたあと、第一楽章のファンファーレ直後の弱音も何ともいえない。1:35:30過ぎの時代がかったポルタメントが少しも違和感を感じさせないのは、やはりそれだけ指揮者の力量が優れているからか。迫力満点のフィナーレに入ると、ティンパニ奏者が厳粛なリズムを刻むと同時にホルン奏者は全員が立ち上がり、勝利の雄叫びを上げる。指揮者はどんどん盛り上げ、オーケストラ全員、最後の力を振り絞る。

小フーガト短調 BWV578

アンコールは、ストコフスキーが編曲したバッハ。木管群が代わる代わる同じフレーズを繰り返しながら、一つのアンサンブルを形作っていく。硬軟自在に音色を使い分け、弦楽器がたくましいハーモニーで管楽器に絡んでいく。何とも荘厳な音楽。最後はマーラーとは反対に、ゆったり目の店舗ながら迫力あるサウンドで締めくくられる。

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