NHK交響楽団 第1777回定期公演

第1777回定期公演 プログラム

交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482(以上モーツァルト)
巡礼の年 第1年から「ワレンシュタットの湖で」(リスト)※アンコール
交響曲第39番変ホ長調K.543(
(ピアノ)
NHK交響楽団
(指揮)
2014年2月19日 サントリーホール

コンサート・プラス プログラム

スザンヌは来ないかしら(歌劇「」から)(モーツァルト)
(ソプラノ)
浅野菜生子(ピアノ)
2012年1月24日 東京オペラシティコンサートホール

NHK交響楽団は第1777回定期公演に、前回に引き続きネヴィル・マリナーを指揮台に迎えた。今回は、彼が最も得意にするオール・モーツァルトでプログラムを組んだ。

交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」

モーツァルトは同名の曲を2曲書いているが、どちらも当時のザルツブルクの大富豪・ハフナー家のために書かれたものである。1曲目は1776年に作曲され、今日「ハフナー・セレナーデ」の名前で親しまれている管弦楽曲。2曲目は、この日の演奏会で上演された曲である。
この曲はもともと第2セレナーデとして作曲されたが、いかなる理由からか、原曲の楽譜は散逸してしまった。1783年に予約演奏会を開催するにあたり、彼は第二セレナードを編曲し、第35番交響曲として発表した。編曲にあたりメヌエットの1曲を削除し、楽器編成にフルートとクラリネットを加えたが、今回の演奏では、フルートとクラリネットを覗いた編成で演奏された。モーツァルトは自作セレナーデを交響曲に編曲することが多く、本作もその1曲である。またこの曲以降の(交響曲第37番を覗く)6つの交響曲は「モーツァルトの6大交響曲」と呼ばれ、高い人気を誇る。
第一楽章は典雅というより迫力がある。これはベートーヴェンの雰囲気だが、曲自体はハイドンの影響を受け、ロココの雰囲気も漂っている。いかにも王侯貴族が好きそうなリズムによって刻まれるティンパニも迫力がある。
第二楽章は、テンポの緩急の差がある優美なアンダンテ。こんなリズムとテンポで、良家の子息はダンスを踊っていたのだろう。そのそばで、得意げな表情でオーケストラを指揮するモーツァルトの姿が思い浮かぶ。もちろん、庶民の生活に思いを巡らすことはないだろう。いい酒、いい食事、そしていい女(男)。贅を尽くした生活を送り、夜な夜なベッドの中で快楽の日々を送る彼ら。その影で、どれだけの人間が身分違いの濃いに泣いてきたことか?第二主題の「笑いさざめく」雰囲気とは、舞踏会で知的会話を交わし、笑いをとり、ナンパする。すべては、ベッドで快楽に満ちたひとときを過ごすための前戯に過ぎない。昭和に一世を風靡したセックス・カウンセラーの奈良林祥は「セックスはベッドに入る前から始まっている」という名言を残した。まさにこの音楽は前戯である。
第三楽章は、シンフォニックで勇ましいメヌエット。前楽章が、男のたくましさにどきどきする貴婦人の姿を描いたとしたら、この楽章は、色気があって知的な雰囲気を讃えた女性の魅力にくらくらになる貴公子の様子を描いたのだろう。
とても勇壮なフィナーレである第四楽章。冒頭の激しい響きは、さあこれからベッドに行こうと、無理矢理?貴婦人を誘う貴公子の姿を思い浮かべてしまう、幅広く緩急強弱をつけた男の愛撫に、日頃ツンとすましている貴婦人は、たまらず本性を露わにあえぎ声を出し、男を挑発する。そしてフィニッシュへ一直線。深い喜びの後、お互いに微笑みかけるという趣。

ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482

この曲のソリストであるティル・フェルナーは、1972年ウィーン生まれの、オーストリアを代表するピアニスト。ヘレーネ・セド=シュタドラー、アルフレート・ブレンデル、マイラ・ファルカス、オレグ・マイセンベルク、クラウス=クリスティアン・シュスターらに師事し、1993年クララ・ハスキル国際コンクールにてオーストリア人として初めて優勝した経歴を持つ。ソリストとしての活動の他、室内楽奏者や録音活動も活発に展開している。
ピアノ協奏曲第22番は、1785年12月にウィーン・ブルク劇場で開催された、予約演奏会のために作曲されたものである。この演奏会は音楽芸術家協会が、会員未亡人と遺児のために主催したもので、ピアノは作曲者自身が演奏した(指揮者については不明)。初演時は第二楽章がアンコールされたといわれている。ピアノ協奏曲第23番とセットで書かれ、オーボエの代わりにクラリネットが利用されるなど、編成的に新しい試みが見られる。
第一楽章冒頭では、木管群が不安定なところが目立つなど、アンサンブルにちょっと雑に感じるところがある。弦楽器は柔らかい音を出しているからちょっと残念。ピアノは上品で典雅で、粒が揃った音を出している。よく歌う右手、それを左手がしっかりフォローしている。モーツァルトのピアノ協奏曲では、フォルテピアノを意識した音と解釈を表現するソリストが少なくないが、このピアニストは、モダンピアノの長所を最大限に引き出した、色彩感豊かな表現を聞かせてくれる。テンポはやや早めだが、モーツァルトもおそらくこうやって名技性を聴衆の前で見せたのだろう。天空へ誘うピアノ。速いパッセージが続くにもかかわらず、音がつぶれずに一音一音くっきりとした音を聞かせてくれる。43:50からの表現は、ソリストが興に乗っていないと出来ない表現だと思う。弦楽器も颯爽と突き進む。カデンツァは冒頭、速いパッセージを颯爽としたテンポで弾き、それからテンポを落としてゆったりした表現で、緩急・強弱自在にモーツァルトの世界を表現していく。
第二楽章は後期モーツァルトに見られる、深淵で内省的な響きを含んだ緩徐楽章。弦楽器の響きに、古楽と現代の長所を兼ね備えた音が聞こえる。ピアノも、この楽章では指揮者の意向をくんだのか、響きが内省的で、フォルテピアノを幾分意識している。愁いをおびたクラリネットの歌。中間部のピアノは、第一部とはまた違った響きはきれいとは言いがたい、でも少しも薄っぺらではない、力のこもった響きである。ファゴットとフルートの響きは聞いていて楽しい。55:35過ぎからの、どこか悲しげなソロ・ヴァイオリンとピアノの掛け合い、いいなあ。
第三楽章は楽しげにスキップする作曲者の姿が目に浮かぶ。さあさあみなさん、これから楽しいことが始まるよ!オケが厳粛なリズムを刻み、ピアノがその上で躍動する。協奏曲を聴く醍醐味がここにある。踊る弦楽器、歌うピアノ。ホルンの響きはとても勇壮。それにしても、これだけ右手が動くピアニストは見たことがない。最終盤のピアノも、これでもかといわんばかりに右手の妙技を繰り出してくる。だがそれがちっととも嫌みに聞こえない。上品で粒が揃っていて、それでいて愉悦感溢れる。彼のピアノには、人種・国籍・階級とかを超越した何かがある。Twitterで「彼の音楽には、歪んだコンプレックスがない」とつぶやいた人がいるが本当だ。終演後、ソリストと指揮者が肩を抱き合って喜ぶ。素晴らしい光景であり、双方とも納得がいく演奏が出来たということでもある。音楽を聞いて、涙が出そうになったのは初めての経験。ブラボー!ブラボー!フェルナーは何度も何度も、舞台と袖を往復する。

交響曲第39番変ホ長調K.543

モーツァルト晩年の円熟した傑作「三大交響曲」の最初の曲で、1788年6月、ウィーンで初演されたということ以外、詳らかな事情は明らかになっていない。一説によると、彼は第40番以外、これらの曲の演奏を聴かずに世を去ったといわれている。
第一楽章のテーマが勇壮でいて、どこか不安げな面持ちを讃えているのは、この年オーストリアとオスマン=トルコが戦争を始め、ウィーン市内の物価が急騰し、モーツァルト自身も予約演奏会を開けない状況に陥ったからである。それでもかつてのメヌエットの旋律が出てくるのは、心の片隅で「この戦争はすぐに終わる、終わったら常連客も戻り、また以前のような豪勢な生活を送れるようになるさ」と思っているからだろう。弦楽器が奏でるメヌエット風の旋律は過去の栄光を回顧し、木管群が奏でる響きは、将来への不安を感じさせる。最後の最後でホルンが音を外したのは残念だ。
第二楽章は弦合奏が少し乱れたところがあったが、弦楽器の響きは柔らかい。響きが内省的なのは、将来への不安があるからか。アタッカになると、かなり力のこもったメロディーを奏でる。1:36:00からは、この苦難を乗り越えようとする力を感じさせる。頑張るぞーと虚勢をはってみるものの、将来への不安は隠せない。だが、逃げていてはなにも解決しない。立ち向かうしかない。終わりの音は、そんなことを感じさせる。
第三楽章 元気があって勢いのあるメヌエット。彼はこの旋律で、楽しかった過去を回想しているのだろうか?戦争のために舞踏会は開けない。貴族達有力スポンサーも、安全地帯に引きこもってしまった。もうあの楽しい時代は戻ってこない。自分の将来は、一体どうなるだろう?
第四楽章は勇壮なフィナーレ。力のこもった演奏を展開するオーケストラは、クライマックスに向かって一直線に進んでいく。えーい、いっけー!!人生なんか何とでもなるわ!といわんばかりの勢いを感じさせる。一頃モーツァルトは、繰り返し指定を忠実に再現するのがトレンドだった時期があるが、最近はそうでもないようだ。

スザンヌは来ないかしら(歌劇「フィガロの結婚」から)

歌劇「フィガロの結婚」は、フランスの劇作家カロン・ド・ボーマルシェの戯曲を元にイタリア人台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテが台本を書き、モーツァルトが曲をつけた。初演は1886年にウィーンで行われたが、原作の内容が、当時の絶対王政を風刺していることから、一部では無事に上演できるのか不安視されていたが、当時オーストリア領だったボヘミアの首都プラハで大ヒット、作曲者も現地に招かれたという逸話がある。
この曲は第三幕で登場する、伯爵夫人ロジーナのアリア。
アンドレア・ロストは1962年生まれ、ハンガリー出身のソプラノ歌手。リスト音楽院を卒業後、マリア・カラスコンクールなど数々のコンクールで優勝を重ね、1989年ハンガリー国立歌劇場にデビュー。初来日は1997年。
初めて聴く女声だが、とても伸びやかな声をしている。ピアノは、フォルテピアノを意識した響きを出している。
この歌の主人公は、スザンナに嫉妬している。いかにして男を自分のものにしてやろうか、あれこれ策略を巡らす。それにしてもよく声が出ること。声の威力に頼って、キャラクター造形が疎かになってしまったかもしれない。ピアノは、そんなソプラノをよくサポートしていたなと思う。

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