NHK交響楽団 第1774回定期演奏会

第1774回定期演奏会 プログラム

梅田 朋子
楠本 由紀
成田 良子
野間 春美(以上P)
モイツァ・エルトマン(S)
ヘルベルト・リッペルト(T)
東京混声合唱団
松井 慶太(合唱指揮)

モイツァ・エルトマン(S)
ティモシー・オリヴァー(T)
マルクス・マルクヴァルト(Br)
東京混声合唱団
東京藝術大学合唱団
東京少年少女合唱隊
松井 慶太(合唱指揮)
NHK交響楽団
ファビオ・(指揮)
2014年1月25日 NHKホール

NHK交響楽団第1774回定期演奏会は、前回に続いてファビオ・ルイージを指揮台に迎え、カール・オルフの合唱作品2曲というプログラムを組んだ。
前回のプログラムは、あまり評判がよかったとはいえないルイージだったが、今回のプログラムはオペラ・合唱曲で実績を積んでいることもあり、見事な演奏を聴かせてくれた。それだけに、前回の演奏会でなぜブルックナーをプログラムに載せたのか?と不思議でならない。
ところが、このプログラムがネット上で思わぬ反響を呼ぶことになる。その原因は、今回のプログラムにある。「カルミナ・ブラーナ」はコンサート・レパートリーの人気曲であるが、「カトゥリ・カルミナ」はほとんど上演されないため、その内容が注目されていた。そこで歌われている歌詞は、とんでもなくぶっ飛んでいたのである。

カトゥリ・カルミナ

「カルミナ・ブラーナ」で開拓した原始的リズム・音響・旋律の世界を、よりいっそう洗練させることを目指して書かれた作品である。
本作品の歌詞は、古代ローマの詩人ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルス(紀元前84?~紀元前54)による古代ラテン語の詩7篇からとられており、無伴奏合唱曲として1930年に作曲された。1943年、オルフはこのうちの6曲を改作し、さらに6曲を付け加え「劇的演技」というタイトルを持つ舞台つきカンタータという形に仕上げた。今回の上演形式である「ピアノ4台+打楽器」という構成は、このときにとられたものである。1943年11月6日ライプツィヒ歌劇場にて、パウル・シュミッツの指揮で初演された。
この曲がネット上で大騒ぎになったのは、その歌詞の内容にある。N響の解説では「性愛の悦びが、時には打楽器で荒々しく、時にはア・カペラで声高に賛美される(中略)若い男女が交歓の悦びを歌う」と書かれているが、実際はそんな高尚なものではない。なんと露骨に

「おちんちん」
↑隠してもしょうがないからあえて書く!

という言葉が頻繁に登場するのである。時に声高に、時に荒々しく欲望の赴くままに、独唱・合唱は何事もなかったかのように

「おちんちん」

という言葉を連呼する。さすがに放送時は翻訳字幕を出さなかったが(放送禁止用語だから当然か)、その言葉が演者の口から発せられる度にネットの世界の住民達は沸き返った。個人的に「エロ」と「芸術」は密接な関係にあると思っているが、知的エリートの権化たるクラシック演奏家が、しれっとした表情で卑猥な歌詞を歌っている、そのギャップが何ともおかしい。強烈なオーガズムのあと、お互いの体を優しく弄り合うカップル。愛する行為は美しい。「連続9回で愛を交わす」という猛者が出てくるし、女性のア・カペラが、SEX時の女性のあえぎ声にしか聞えない。いくら「クラシック音楽」とはいえ、これはもう

「耳 で 聴 く ポ ル ノ 映 画」

である。子どもにはとても聴かせられないが、性教育の教材にはぴったりだろう。この時代のローマには、SEXのモラルはあってなきがごとしで、おそらく強姦という概念もなかったのだろう。これではキリストが

「汝、姦淫の罪犯すことなかれ」

と説くのも無理からぬことである。

カルミナ・ブラーナ

三部形式に序章とエピローグがつく構成の、舞台形式によるカンタータである。1936年に作曲され、翌年7月に、フランクフルト歌劇場で初演された。
もとになった詩歌集は1803年、旧バイエルン選帝侯領内にあるボイレン修道院の図書室で発見された。この詩歌集は11~13世紀に書かれたものと推測され、その時代のドイツ・イタリア・フランスの各語が利用されている。その内容は恋愛・若者の怒り・恋愛とSEX・酒など世俗的なものが多い。
原作は約300編が収録されているが、オルフはその中から23編を選び、さらに自作の詩を1つ付け加えてこの曲を作った。「楽器群と魔術的な場面を伴って歌われる、独唱と合唱の為の世俗的歌曲」という副題がついており、本来は独奏者とバレエが音楽を象徴的に表現する舞台作品である。バレエによる舞踊を伴わない演奏会形式は略式の演奏となり、本公演もこちらの形式で行われた。
オペラ経験が豊富な人間が指揮しているせいか、オーケストラの響きはカンタータというよりオペラティックだが、随所に室内楽的な表現も取り入れ、合唱団のコーラスワークも美しい。だが歌われている内容が内容だけに、合唱団の演奏を聴きながら

「彼ら彼女らの中に処女・童貞はいるのか」
「彼ら彼女らの平均経験人数は」
「『体だけの関係』と割り切った恋愛をしている人間はいるのか」

などと、ついつい邪な想像をせずにはいられないから困ってしまう。おまけに、この曲には児童合唱団も登場するが、この子達は歌詞の内容を理解して歌っているのだろうか?と余計な心配もしてしまう。演奏後
「今日ステージでこんな曲を歌ったんだけど、これって一体どういう意味?」
と子どもに質問された親は、どう答えたらいいか返答に窮するのは必至だろう。まさかこの子達、親の「夜の営み」の様子を覗いているわけ…ないよね?と信じたいw。
というわけでこの曲の内容も、「アーメン」と唱えながら男を逆ナンしたり、元彼を探して国中を探し歩いていたり、青姦を讃えたり、満員の酒場で、人前で平然とSEXしたり、修道士も酒場で平気で「飲む・打つ・買う」をやっているのだぞと、まさにやりたい放題。イイぞ中世ヨーロッパ!青姦・不倫・略奪愛と、強姦以外は何でもあり、病気と相手の復讐「だけ」に気をつければ、恋愛は自由なんだという雰囲気を前面に打ち出している。「汝、姦淫の罪犯すことなかれ」という野暮な説教なんかくそ食らえ、来て来てかわいいお嬢さん、さあさ一緒に楽しもうよワカモノよ」なんて、快楽を求める男女の様子は、今も昔も変わらないのだな。
この文章を読んで「なんて御下劣な!」と怒る人もいるだろう。ハイそうです、私は御下劣な人間です。
でも日本の盆踊りだって、もともとは

地域公認の乱交パーティー

だったんですよ(本当です)。出会いを求めて踊りの輪に加わり、気の合いそうな相手がいたら即関係を持つ、妊娠と病気に気をつけていれば何でもあり。江戸時代の浮世絵だって、子どもが見ている前で平気で愛し合う親をテーマにしたさくひんが沢山あるのだよ。それが変わってしまったのは、文明開化でアメリカから「子どもの前でSEXするのはタブーである」という価値観が入ってきたからだ、といわれている。

どうでもいいことだけど、1970年代~80年代のテレビドラマでは、女優達が裸体を晒すシーンが平然と放送されていた。彼女たちも、視聴者の期待に応えて、気前よく脱いでいた。それがいつの間にかドラマから女優の全裸が消え、乳首を晒すこともほとんどなくなり、ベッドシーンは下着を着用する、素肌は肩までしか見せないなど、まことに味気ないものになってしまった。一説には広告代理店の意向だといわれているが、だからドラマがつまらなくなったんだぞ。映画で「誰それが脱いだ!」とニュースになるのは、その反動だろう…と勝手に妄想してしまう。
それにしても、こんな猥雑な内容を持つ歌詞がついた作品の上演を、よくN響及びNHK幹部が認めたものである。さすがに

「おちんちん」

の字幕は放映しなかったが、これは保守反動路線を進める安倍政権に対する、痛烈なアンチテーゼなのではないか?と勝手に思ってみる。ヨーロッパの人たちは「芸術とエロ」は、密接な関係にあると思って間違いない。ヨーロッパには裸体画の名作が沢山あるのが、その証拠ではないか!

最後に一言。
エロ万歳!!

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - NHK交響楽団 第1774回定期演奏会
Share on Facebook
Bookmark this on Google Bookmarks
LINEで送る
Pocket