第10回読響メトロポリタン・シリーズ

ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品15
エリーゼのためにイ短調 WoO59(以上ベートーベン)※アンコール

(ピアノ)
(指揮)

2014年9月3日 東京芸術劇場

クラシック音楽の番組は、ラジオではNHKーFMで毎日のほぼように放映されているが、地上波放送ではEテレが、週1回、毎週日曜日の夜にやっているだけである。
これから紹介する読売日本交響楽団の演奏は、日本テレビで月1回放映している「読響シンフォニックライブ」で放送されたものである。
読売日本交響楽団は1962年、読売新聞社、日本テレビ放送網、讀賣テレビ放送の三者が母体になって結成された、世界で唯一新聞社が母体になっているオーケストラである。そのきっかけは、結成前年(1961年)に読売新聞社がパリ・オペラ座を招待した時、国内オーケストラの調達に苦労したあげく(当時の海外オペラの日本公演は、オーケストラと合唱は日本で用意するという関連があったため)、ライバル関係にあったフジテレビ・文化放送傘下の日本フィルハーモニー交響楽団(旧日本フィル)に依頼したことを「屈辱的だ」とする意見が、読売新聞グループ内に出たことだった。世界ではじめて、ショスタコーヴィチの全曲演奏会を同一オーケストラ・同一都市で演奏したオーケストラであり、このほかにも日本の若手作曲者の委嘱作品上演を積極的に行っている。かつては男性に団員を限定していたが、現在は女性奏者にも門戸を開放している。
この日のソリストであるアリス=紗良・オットは、1988年にミュンヘンで生まれた日独ダブル(父ドイツ人、母日本人)の女性ピアニスト。1995年、わずか7歳でドイツ連邦青少年音楽コンクールに優勝したのを皮切りに、ドイツ語圏で開催される多数のコンクールで優勝経験を持つ。ザルツブルク・モーツァルティウム音楽大学で研鑽を積み、日独英三カ国語に堪能な才女。妹のモナ=飛鳥・オットもピアニストとして活躍している。
指揮者のコルネリウス・マイスターは1980年ハノーファー生まれのドイツ人指揮者。故郷とザルツブルクでの修業時代は、大植英次デニス=ラッセル・デイヴィスに指揮とピアノを学び、2001年にハンブルク歌劇場でオペラデビュー。2005年に弱冠25歳でハイデルベルク交響楽団の音楽監督になり、2010年からはウィーン放送交響楽団の首席指揮者に就任した、新進気鋭の指揮者である。

ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品15

1794~95年にかけて作曲され、初演はアントニオ・サリエリ指揮のオーケストラ、作曲者自身のピアノ独奏で行われ、楽譜は1801年に出版された。ピアノ協奏曲第2番よりあとで作曲されたのに、同曲より若い作品番号が与えられているのは、当曲の方が、先に楽譜が出版されたからである(同じ例に、ショパンのピアノ協奏曲第1番・第2番がある)。
第一楽章は、典雅かつ上品な響きを聞かせるオーケストラが素晴らしい。それでいて、ベートーヴェンの持つロマン的な雰囲気も持ち合わせている。舞踏会でこのくらいのテンポだったら、みんな踊りやすいだろうな。この頃までは、大規模なサロンの雰囲気が残っていた。貴公子・淑女・令嬢達がピアノ周りで相手を物色しながら踊る様子が目に浮かぶ。
アリス=紗良・オットの音色はくっきりとしていてクリアー。ピアノの周りを、サロン参加者が楽しそうに踊っている。ソリストもその様子を見て、嬉しそうな表情を浮かべながら、己の持っている感情を鍵盤で表現していく。オットはオケに艶容な視線を向けながら、彼らと協調して音の世界を作っていく。中間部の音は「皇帝」を意識したのか、クリアな音、高い音、強い音を巧み使い分ける。22分過ぎからの音色は、恋に恋い焦がれる乙女の心情を想起する。いよいよやってくる告白の時、そして心臓はバクバクしている。向こうもどうやら彼女を気になっていたのだろう。気がつけばおしゃべりに夢中になっている。あんなことそんなことこんなこと。好きですわ、本格的に付き合ってください。そして恋は成就する。カデンツァは少々ミスタッチ気味に聞えるのが気になるが、若さ故の情熱の暴走だと思えばさほど気にもなるまい。ソリストはきっと恋している。誰に?ピアノに、音楽に、そしてベートーヴェンに!演奏者の表情に注目せよ!何ともいい表情をしているではないか!それにしても、よく指が回るピアニストだ。女性でこれだけばりばり弾ける人は少ないのでは?
第二楽章は、しみじみとしたピアノの音色が印象的な緩徐楽章。個人的には「恋と陰謀は密かに進行するもの」と思っているが、おそらく貴公子との恋も、まだ公に出来ない段階なのだろう。お互いに監視の目をかいくぐり、密かに楽しむ逢瀬の時。一線を越えたのか超えていないのか、この演奏からはわからない。だがこの演奏から見る限り、ピアノが令嬢の役割をしている。彼女は貴公子に恋い焦がれている。お付きの人の忠告も、きっと彼女には届いていない。もっと彼のことを知りたい、ソリストの手には指輪が二つ。彼女もきっと、現実で身を焦がす恋を重ねている。届きそうで届かないこの思い。何ともじれったい。オケは、そんなソリストを優しく見守る。彼女の恋が成就しますように、と。
第三楽章になると、ピアノはうれしさのあまり勢いよく跳ね回る。そう、彼女の恋は成就した!思いは先方に届いただけでなく、相手の両親からの公認も取り付けた。これで堂々と彼とおつきあいできる。もう人目を気にすることも、お忍びで逢瀬をすることもないのだから!さあ善は急げ!あまりにピアノが元気よく跳ね回っているものだから、ピアノ全体が揺れて見えるではないか(笑)そんな彼女の様子を見て、木管群も思い切り冷やかす。私の将来は安泰なのよ!もうバラ色の将来しか見えないわ!周囲も彼女と祝福する。カデンツァの前は、晴れて最愛の人と結ばれ、生まれてはじめて味わう強烈なオーガズム。この上ない快感を味わったあと、カデンツァに乗って囁かれる愛の言葉。最後のピアノの音色は、彼女の口から漏れる愛の吐息。私たち、幸せになります!そんな思いがいっぱい詰まったピアノだった。

エリーゼのためにイ短調 WoO59

1810年に作曲された、世界的にも有名なピアノの小品。タイトルにある「エリーゼ」は、ベートーヴェンが好きになった女性である。本当は「テレーゼ」という名前だったのだが、作曲者があまりに悪筆だったため「エリーゼ」になった、というのが有力になっている。
とあるところで知り合ったベートーヴェンとテレーゼは、身分の差があるにもかかわらずお互いに好意を抱く。だが貴族令嬢のテレーゼと、軍楽隊隊長の父を持つとはいえ、庶民階級出身だったベートーヴェン。育った階級の隔たりはあまりにも大きく、周囲はその恋を許さなかった。恋愛関係になることも認められなかったのだから「男女の関係」になったとは思えない。ベートーヴェンは生涯を独身で通し、テレーゼは有力者と結婚した。近年の研究では、モデルとなった女性は、ベートーヴェンと親交があった作曲家・ピアニストであるフンメルの妻という説も浮上している。
オットの演奏は、彼女のことを思うベートーヴェンの心情が的確に表現されたものである。ベートーヴェンは、本当に彼女のことを心の底から愛していた。だが、当時の身分制度の壁が、二人の恋を阻んだ。駆け落ちでもしない限り、二人の恋が成就する可能性は皆無だった。女は己の身分を捨てる気はさらさらなかっただろうし、男も、この恋が端から実る可能性は、万に一つも考えていなかっただろう。この演奏からは、恋の喜び・苦しみ・悲しみという感情が思い切り伝わってくる。200年前、本当にあった「格差恋愛」。だが恋愛の難しさは、今の方がうんと難しくなっていると思うのは、私だけではあるまい。

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