ベートーベン ヴァイオリン協奏曲

ベートーベン ヴァイオリン協奏曲作品61

アイザック・(Vn)
フランス国立管弦楽団
クラウディオ・(指揮)

場所:不明
録画:1980年頃?

往年の名ヴァイオリニスト・アイザック・スターン(旧ロシア→アメリカ、1920年ー2001年)の、60歳を記念してのコンサートの模様を録画したものであると思われる映像である。フランス国立管弦楽団との共演だというから、場所はパリだろうと思われるが、画像を提供した人はそれについては何も触れていない。
ご承知のように、ベートーベンはピアノ協奏曲を5曲書いているが、ヴァイオリン協奏曲は1曲しか書いていない(他に小品を2曲残している)。この曲は完成度の高さから「ヴァイオリン協奏曲の王者」と称えられ、メンデルスゾーン、ブラームス共々「三大ヴァイオリン協奏曲」といわれる。
協奏曲の最大の聞き所はカデンツァ(独奏部分)である。本来は演奏者自身が、即興で演奏するのだが、ベートーヴェンが活動していた当時、演奏者のカデンツァがあまりにもへたくそで聞くに堪えないものが横行していた、といわれている。自身もピアニストとして一流の腕を持っていたこともあり、ベートーベンは「皇帝」をのぞくピアノ協奏曲4曲に自作のカデンツァを書いたのは、それが理由らしい。ところが、この曲にはカデンツァを書いていない。作曲者自身にヴァイオリンを弾きこなす腕がないため、初演者の即興演奏に任せたのだと思われている。現在使われているカデンツァは、ヨアヒム、アウアー、クライスラーで、たまにハイフェッツやシュニトケが作曲したカデンツァが使われている。
前述の通り、この演奏はスターンの還暦祝いを記念したものだと思われている。だが演奏は、キャリアを反映したものだとは言いがたいところが散見されるのが残念だ。彼は“70年代後半を境にテクニックが衰えたといわれているが、この演奏でも音程が危なっかしいところが一部で散見される。ベートーベンの曲はほぼ例外なく「豪快」「気宇壮大」という形容詞がつくが、この演奏からはそれが感じられない。当日不調だったのか、醸し出される音色はか細く、弱々しい。第2楽章ではそれが成功している部分もあるが、第3楽章では迫力が感じられないのが残念である。
アバドの伴奏も、ここでは冴えないように聞こえる。彼のことを「協奏曲の名盤奏者」と褒めそやす評論家もあるようだが、ソリストにあわせたのか、迫力もなければ、響きも男性的なものが聞き取れないところがある。2005年に、ブレンデルと共演したピアノ協奏曲3番での演奏では、室内楽的な響きを目指して成功を収めたが、この当時のアバドはまだ30代後半であり、衰えたとはいえその世界では「大ヴァイオリニスト」といわれるソリストが相手では、自分の主張を発揮できなかったのだろうか?自らは違う表現と響きを追求したかったのかもしれないが、スターンに音楽的主導権を奪われ、唯々諾々と従っているようにしか見えないのが残念だ。スターンにとっては、指揮者もオーケストラも、自分の目指す音楽表現を実現するための手段に過ぎないのだろうか?

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