NHK交響楽団第1771回定期公演

 第1771回定期公演

管弦楽組曲版(
1.前奏曲
2.フォルラーヌ
3.メヌエット
4.リゴドン
「遙かなる遠い世界」(
交響曲第7番イ長調 作品92(

コーディエ・カプソン(チェロ)
NHK交響楽団
指揮:シャルル・デュトワ
2013年12月11日 サントリーホール

コンサートプラス
組曲「クープランの墓」(ピアノ版)より3曲
1.前奏曲
2.リゴドン
3.トッカータ

アンリ・バルダ(ピアノ)
2012年7月12日 浜離宮朝日ホール

N響の第1771回定期公演は、前回に続きデュトワが指揮台に上がった。前半はラヴェル・デュティユーというフランスの作曲家の作品、後半はベートーヴェンの交響曲第7番というプログラムである。

クープランの墓 管弦楽組曲版(ラヴェル)

前半の1曲目、ラヴェル「クープランの墓」は、もともとピアノ曲として作曲されたものを、作曲者自身が1919年に、オーケストラ版に編曲した。ピアノ版は全6曲で構成されるが、管弦楽組曲版は、ピアニスティックな技巧が要求される「トッカータ」及び「フーガ」の2曲を除外した4曲で構成されている。この構成については、バロック時代の組曲に倣い、舞曲だけの構成にするためだと思われている。
初演は1920年2月、ルネ・バトン指揮パドルー管弦楽団によって行われ、同じ年に「フォルラーヌ」「メヌエット」「リゴドン」の3曲がバレエ化され、ラヴェル自身もこれらのバレエ曲を指揮した記録も残っている。
管弦楽組曲版は管楽器2管編成(トランペットだけ1)、ハープ1、弦楽器5部という編成で打楽器がないことから、この曲を取り上げる室内オーケストラ団体も多い。ただしこの作品はラヴェルの他の管弦楽作品同様、木管楽器群には高度の技能を要求される難曲である。
前奏曲は哀愁を帯びた木管の響きで始まる。弦のテンポは速めだが、とても色彩感豊かな演奏である。フォルラーヌはしなやかな弦楽器の響きが印象的。元々は古典的舞曲の一種だが、デュトワの演奏は「舞曲」というより、組曲の管弦楽曲という解釈というスタイルを貫いている。木管の響きが哀愁を帯びている。だが中間部に入るとリズムを強調するような解釈になり、「やはりこの曲は『舞曲なんだ』と実感させる。弱音器をつけたトランペットが、弦楽器と一緒にむせび泣いている印象。「メヌエット」は、舞踏曲であるにもかかわらず、哀愁を帯びたメロディーが耳に残る。中間部の弦の響きは、先の大戦によって愛する人を喪った人の慟哭である。もう戻ってこない、美しく楽しき日々。あの頃は夢も希望もあったのに、戦争がすべてを奪い去ってしまった。これは一種の反戦歌ではないだろうか?最後の曲であるリゴドンは、演奏者によって最大1分前後開くことがある曲。デュトワのここでの演奏は速いテンポを採用している。中間部はハ短調になり、ワルツの雰囲気が漂うのは、曲名がプロヴァンス地方に伝わる舞曲に由来しているから。第三部に入ると曲調がまた替わり、あっという間に終わる。

チェロ協奏曲「遙かなる遠い世界」(デュティユー)

アンリ・デュティユーはつい最近まで存命していたフランスの作曲家(1916年〜2013年)。パリ音楽院でジャン・ギャロンらに師事、1938年にローマ賞を受賞した経歴を持つ。一時期母校やエコール・ノルマル音楽院で教壇に立ったが、作曲家人生の大部分を在野で過ごした。
この作品はチェリスト・ロストロポーヴィチの委嘱作品として書かれた。足かけ四年の年月をかけて1970年に完成、970年7月のエクサン・プロバンス音楽祭において、ロストロポーヴィチのチェロ独奏、セルジュ・ボド指揮パリ管弦楽団の演奏で初演された。タイトルはボードレールの詩「髪」からとられ、副題もボードレールの詩から採られている。全5楽章から構成されるが、切れ目なく演奏される。
この曲のソリストを務めたコーディエ・カプソンは、1981年フランス・シャンペリ生まれのフランスのチェリスト。パリ音楽院でチェロとピアノを専攻し、ウィーンで研鑽を重ねた。ソロ・オーケストラ・室内楽と活発な演奏活動を展開、コンクール入賞経験、音楽賞受賞経験も豊富な音楽家である。
第一楽章「謎」はチェロ独奏と打楽器群の掛け合いで始まり、徐々に弦楽器の響きが強くなってくる。主張するチェロ、コソコソ囁く打楽器群、弦楽器の響きはまさに「前衛音楽」、人によってはPCの音に聞こえるだろう。ひょっとしたら、弦楽器が「世間」で、チェロはそれに反抗するかのような響きを出し、打楽器がそれを諫めるという感じ。アタッカになると、オーケストラは不協和音全開になる。その後チェロはせわしなく動き回り、オケは不快感一杯の音を奏でる。37:30~からのチェロの演奏は「助けてー」といっているように聞こえる。
第二楽章「まなざしそして」は、チェロのモノローグではじまる。これまでの人生を、力強く、そしてしみじみとした歌を聴かせるチェロ。39:50からの演奏はまるで懺悔。こうなるとわかっていたら、あの時もっとこうすりゃよかった、ああすりゃよかったと回顧するがもう遅い。ああ神よ、私はなんと取り返しのつかないことをしでかしてしまったのだろう!元となった詩では、ひたすらに恋人の美しさ、すばらしさを讃えるのだが、私の耳にはそう聞こえない。チェロのモノローグに書く楽器が寄り添い、最後は絶叫する形で次の合奏へ突入する。
第三楽章「うねり」もまた、チェロのモノローグから始まる。木管楽器が通奏低音のように寄り添う。後半では、チェロは打楽器のように弾かれる。打楽器と木管群が、不安感を増大させる。チェロが消えるような最弱音を奏で、それに合わせるようにオケも最弱音で曲は終わる。
第四楽章は「鏡」というサブタイトルがつけられている。「鏡よ鏡よ、世界で一番醜いのはだ~れ?」「そうよ、それはあなたよ」というやりとりを聞いているような感じ。オケはソロを表面的に慰めているようだが、影では馬鹿にして馬鹿にしているという感じ。アタッカの後、一拍の休符を挟んで奏でられるチェロのモノロー。。その後オケは、ジワリジワリと音が大きくなり、最終楽章へ。
第五楽章は「賛歌」というサブタイトルだけ見るとおめでたい感じだが、響きはちっとも明るく聞こえない。部分部分では明るい響きが聞こえるとはいえ、チェロの奏でる音には、明るい未来がさっぱり見えない。これがデュティユーが考えている「賛歌」だとしたら、あまりにもつらすぎる。う゛ぃう゛らーとのかかったチェロと弱音のオケとともに、曲は唐突に終焉を迎える。
これだけ、曲のタイトルと曲調の乖離が大きな曲を聴いたことがない。
この曲はテクニック的にも至難なのだろう、演奏直後にソリストと指揮者が肩を組んで、お互いの健闘を称え合っていた。

交響曲第7番イ長調 作品92(ベートーヴェン)

後半のプログラムは、ベートーヴェンの交響曲第7番。彼の交響曲の中では最もリズミカルな作品だが、その評価は真っ二つである。ワーグナーは舞踏の権化と評価しているが、同時代人であるウェーバーは「彼は精神病院行きだ」と述べている。1812年、作曲者自身の指揮で、ウィーンで初演され。それなりに聴衆の受けは良かったという。
第一楽章は速めのテンポだが内容空虚ではなく、むしろずしりと充実感のある演奏である。木管群は楽しげにメロディーを奏でる。この楽章を支配しているのは「シチリアーノ」で、このリズムは「ゆったり、たっぷりとした感じの曲想が多い」そうだが、デュトワが振ると、まさに一流のオペラ歌手が歌っているという印象になる。最強音から最弱音まで音域は幅広くとられ、最後の響きは迫力がある。
そのままアタッカで第二楽章へ。ワーグナーはこの楽章を「不滅のアレグレット」と呼んだ。「男」ベートーヴェンをもろに打ち出した楽曲だが、デュトワはその部分をことさらに強調した感じがある。第二部中間部の演奏はそれが顕著に出ている。しなやかな演奏。最終盤のオケの音色は最弱音で、哀愁に富んでいる。
一拍休符して第三楽章。リズムはますます明快になり、愉悦感はますます高まる。デュトワもこの曲を自家薬籠中のものにしているからか、この曲は暗譜で演奏している。「ABABA」の2回目のbの部分は、偉大なる覇者が勝利を祝う儀典会場に向かう感じがある。
そしてそのまま第四楽章。デュトワは、この曲を楽章で切り分けず、すべての楽章をまとめて演奏した。オケも指揮者もノリノリで演奏している。1:40:20過ぎのところでは、指揮者の足がステップしているように見えた。緩急強弱を自在に使い分け、作者が言いたいことを十全に表現している。最終盤は、オケも指揮者も最後の力を振り絞って演奏したのがわかる演奏。これは名演だ。先月、&ティーレマンがウィーンフィルハーモニー管弦楽団がベートーベンを演奏したときも「さすが」は思わせてくれたが、ここまでの感興は与えてくれなかった.生で聴いたら、どんなに素晴らしかっただろう!

組曲「クープランの墓」(ピアノ版)より3曲(ラヴェル)

コンサート・プラスはデュトワの演奏していた「クープランの墓」のピアノ版。この曲はもともとピアノ曲である。
1914年〜17年にかけて作曲され、全6曲から構成されるピアノ組曲で、ラベル最後のピアノ独奏曲である。作曲された時代は第一次世界大戦の真っ最中であり、作曲者自身もフランス軍に従軍経験がある。除隊後に作曲をはじめたこの作品には、フランスへの愛国心、大戦で命を散らした友人・知人たち、自らの体にも混ざっているバスク人としての誇りが、この曲に込められている。全曲は、第一次世界大戦で戦死した友人たちに捧げられている。
タイトルの「クープラン」は、18世紀フランスを代表するクラヴザン音楽の大家で、ラヴェルは彼のことを尊敬していた。この曲は、彼に対する尊敬の念が込められている。余談だが、原題のトンボー(Le Tombeau de)というのは「墓」ではなく、18世紀フランス音楽のジャンルの一種で「故人を偲んで(称えて)」というのが本来の意味である。初演は1919年4月、サル・カルヴォーにおける独立音楽協会の演奏会において、マルグリット・ロンのピアノで演奏された。ちなみに、彼女も戦争未亡人である。
この演奏では全6曲中3曲が演奏されている。
演奏しているアンリ・バルダはフランスのピアニストで、3歳からピアノをはじめ、パリ国立高等音楽院ではピアノと室内楽を専攻し、ジョセフ・ベンヴェヌッティ、マドレーヌ・ジロドー、ジャン・ユボーに師事。さらにジュリアード音楽院を首席で卒業した経歴を持つ。そこでは.ウェヴスター、C.バトラー、P.マカノフスキーらに作曲法も学んでいる。その後は世界各地で活発に演奏活動をするかたわら、パリ・エコール・ノルマル音楽院で教鞭を執っている。
1.前奏曲はホ短調、12/16拍子で書かれているが、この演奏ではデュトワよりテンポがも速い。光彩陸離たる響きを聞かせたと思ったら、あっという間に曲が終わった。
4.リゴドンはハ長調、2/4拍子の三部形式で書かれている。出だしは速いが、微妙にテンポを動かしている感じがする演奏。中間部は鳴っている音楽こそ「ワルツ」だが、ダンサーにこのテンポで踊れと指示したら、ダンサーは怒ってしまうだろう。
6.トッカータは2/4拍子のロンド形式で書かれているが、調性はホ短調→嬰ニ短調→ホ短調→ホ長調と4回も転調するなど、彼が持っている作曲技法が惜しみなく注ぎ込まれている。初演者のロンの夫に捧げられた曲だが、ここでの演奏は「こんなにテクニックばりばりに弾くものだったっけ?」と思わざるを得ない解釈と演奏。ここまで来ると、もはや「フランスのエスプリ」とは全く無縁で、味も素っ気もなく、ただスピードに任せて弾き飛ばしているだけ。こんなのに「ブラボー」なんていっている人間の気が知れない。

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