ベートーベン ピアノ協奏曲第3番 他

ピアノ協奏曲第3番
交響曲第7番

アルフレッド・ (
ルツェルン祝祭管弦楽団
クラウディオ・(指揮)
2005年8月10~12日
ルチェルン文化コンサートホール
ルチェルン中央ホール

2005年8月、アバドがルチェルン祝祭管弦楽団を指揮したライブ録画であるが、動画は管理サイドによって削除されたため、ここでは動画を見た感想を述べる。
彼はベルリン・フィル芸術監督(首席指揮者)在任中の2000年に胃ガンで長期療養を余儀なくされ、2002年に常任指揮者退任する。退任以降はマーラー室内管弦楽団、モーツァルト管弦楽団など若手中心のオーケストラと共演する機会が多く、今回共演しているルチェルン祝祭管弦楽団もその一つである。
ルチェルン祝祭管弦楽団は1938年、ルツェルン湖畔のトリプシェンにあるリヒャルト・ワーグナーの邸宅前で開かれたコンサートを起源にする伝統の音楽祭で、毎年、ある作曲家や演奏家、テーマにスポットをあてて企画される話題のプログラムのもと、世界トップレベルのコンサートを開催している。
このオーケストラは音楽祭開催のために開設され、初代の指揮者はアルトゥーロ・トスカニーニである。以前はルツェルン祝祭管弦楽団(スイス祝祭管弦楽団)という名前で活動し、メンバーは長らくスイス国内から集められていたが、1990年代に活動を中止。その後2003年にクラウディオ・アバドが芸術監督に就任、アバド自らが結成したマーラー室内管弦楽団、ベルリン・フィルの団員を中核メンバーや有名ソリストを中心に再結成された。
彼はこのプログラムでは、ブレンデルをソリストに迎えてベートーベンのピアノ協奏曲第3番、ブルックナーの交響曲第7番を取り上げている。どちらのナンバーも、実演・録音とも頻繁に取り上げられている曲目の一つである。
ブレンデルには、1983年6月、レヴァイン&シカゴ交響楽団と共演した協奏曲全集(旧フィリップス→デッカ)が「名盤」の誉れ高いことで有名である。冒頭で激しい決意を示す表現に代表されるように、たくましく、明暗のコンストラクトを思わせる解釈を随所に示したのは、指揮者のレヴァインがベートーベンに「男らしさ」を求めていたからだろう。今回の演奏でも、ブレンデルの解釈はレヴァインとの演奏と基本的に変わらないが、彼のピアノから紡がれる響きと表現は、時にフォルテピアノのようである。この曲が書かれたのは、モーツァルトが亡くなってから10年後であり、ウィーンを中心とするヨーロッパ楽団が、今もなおモーツァルトの影響を受けていると考えたのだろうか。

オーケストラから醸し出される音も、ベートーベンというよりモーツァルトのそれである。この響きと表現を「ベートーベンらしくない」と嫌う人もいるだろうが、アバドがこのような表現と響きを追求したのは、この時代のベートーベンはモーツァルトの影響からまだ抜け出していないと考えたからかもしれない。ブレンデルのピアノがレバイン盤とは違う響きを生み出しているのは、アバドの意向を酌んだからに相違ない。
後半のブルックナーは、アバドのブルックナー観をもろに出した表現であると思われる。とかく好事家らからは「天才の凄みをまったく感じないから、既存の大オーケストラを振ると、響きも表現も生ぬるい」
といわれるアバドだが、室内楽団や若手主体のオーケストラを振った演奏に「名演」が多いのは、おそらく自分が考えていることをあますところなく表現できるからだろう。弦楽器陣は健闘しているが、木管楽器は前半の第1・第2楽章では細かなミスも目立つ。だが後半の第3・第4楽章はオーケストラが一体になって有機的な響きを作り出すことに成功している。ブルックナーファンは「ブルックナーの響きは指揮者を選ぶ」とよく口にするが、この演奏はブルックナーの持つ響きを表現しているように感じた。

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