ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本演奏会

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団日本演奏会
交響曲第8番ヘ長調 作品93
交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」(以上ベートーヴェン)

エリン・ウォール(ソプラノ)
藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)
ミヒャエル・ケーニヒ(テノール)
ロベルト・ホル(バリトン)
ウィーン楽友教会合唱団
ヨハネス・プリンツ(合唱指揮)

クリスティアン・(指揮)

2013年11月17日 サントリーホール

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下VPO)は、1842年に創設された、世界で最も古いオーケストラの一つである。あまたの名指揮者が指揮台に登場し、数々の名演を遺してきた。VPOの初来日は1956年、パウル・ヒンデミットを指揮者に迎え、7都市で16講演(6プログラム)を開催した。初来日時は当時の皇太子(現:今上天皇)がご来臨され、このときには作家の川端康成、志賀直哉も足を運んだという。ただし、初来日時の指揮者であるヒンデミットの本業は作曲家であり、その指揮ぶりはあまり評判がいいものではなかったようだ。本職の指揮者との組み合わせでやってきたのは、初来日から3年半後の1959年10月、指揮者はヘルベルト・フォン・カラヤンだった。1980年代後半からは頻繁に来日し、昨年の来日はティーレマンとの組み合わせ。NH地上波番組・クラシック音楽館で放映されたのは、べートーヴェンの交響曲第8番&第9番というプログラムだった。
指揮者のティーレマンは1959年生まれ、音楽学校から指揮者コンクールでの上位入賞を経てコンサート・デビューを果たす指揮者が主流になる中、彼は基礎的な訓練をベルリン・シュテルン音楽院で受けた後、コレペティートルおよび歌劇場での見習い指揮者の経歴を持つ、正統的な叩き上げの指揮者である。フルトヴェングラー、カラヤン、ショルティといった19~20世紀の大指揮者が同じような経歴を積んでいることから、ティーレマンはこれらの指揮者の系譜を受け継ぐ者とされている。
だが、彼が産み出す音楽が感動的かというと、どうも私の耳にはそのように聞こえなかった。特に第8番は、ノリントン&N響の個性的な解釈・響きを耳にしたばかりだから、彼の「正統的な」テンポ・解釈には物足りなさが募ってしまった。

交響曲第8番ヘ長調 作品93

ティーレマン&VPOは2008年12月から2010年4月にかけて、本拠地ムジークゼラインザールでベートーヴェン・チクルス(チクルスとは「全曲演奏会」という意味)を開き、その様子はライブ録音されてCD&DVDで発売された(レーベルはソニー・クラシカル)。NHKで放映されたのは、昨年日本で演奏したベートーヴェン・チクルスの一環である。
彼は独特の空間評表現で演奏するタイプらしく、出来不出来はオケとの相性に左右されるという。VPO、バイロイト歌劇場など「同好の士」の集まりみたいなタイプのオーケストラで指揮する時、彼の本領がで発揮されるそうだ。VPOのほうも「待ってました、ティーレマン!」という雰囲気が漂うのだという。
弦楽器群は「さすがVPO!」というだけあり、拡張高く威厳に満ちた、重量感ある響きを出している。テンポは全体的に遅め、リズムはかなりくっきりとした表現。第一楽章は遅めのテンポで始まり、第二楽章の有名な「ワハハハハー」の終結部は、全体的に速めのテンポで締めくくられる。第三楽章は「メヌエット」的な部分よりも「スケルツォ」の雰囲気を重視しているように思われる。第四楽章は威厳に満ち、格調高い表現。それでもノリントンの表現・響きが気に入ってしまった私にとっては、彼の表現は何か物足りなく感じてしまうんだな。

交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」

初演は1824年5月7日、ウィーン・ケルントネル門劇場において、ミヒャエル・ウムラウフ指揮で初演され、プロシア国王に献呈された。
初演時のアンコールでは第二楽章が2回演奏されたこと、聴衆の喝采に気がつかなかったベートーヴェンに対し、見かねたソリストの1人が客席を向かせたというエピソードが残っているが、好評だったのはベートーヴェンの支援者だけだったという、否定的な証言も残されている。その後の再演の評判も芳しいものではなく、本作の成功は、ワーグナーが1846年にドレスデンで開催した演奏会まで待たなければならなかった。彼はこの演奏会に臨み、楽譜の改訂とリハーサルを徹底的に行ったという。この演奏会がきっかけになって、ヨーロッパ各地でも積極的に演奏されるようになった。
日本での初演は1918年、ドイツ人捕虜によって演奏されたのが最初とされている。公式の初演は1924年、東京音楽学校(現・東京芸術大学音楽学部)のメンバーにより行われ、プロ・オーケストラの初演は1927年、新交響楽団(現:NHK交響楽団)の演奏によるものである。日本では年末になるとあちこちのオーケストラで「第九」が演奏されるが、これは1940年代後半、オーケストラの収入が少ないために、年始の生活に困る楽団員を救うためだといわれている。その影響もあって日本では人気曲になったが、欧米では4人のソリストと大人数の合唱が必要である事から、日本ほど演奏されないそうだ。
ベートーヴェンはこれまでの交響曲でも、その概念を覆してきたが、この作品でも合唱を大々的に導入したほか、第二楽章にスケルツォ、第三楽章に緩徐楽章を導入した。他にも第一楽章冒頭の弦楽器のトレモロとホルンの持続音にのせて第1主題の断片的な動機が提示され、それが発展して第1主題になるという動機の展開手法を導入するなど、彼ならではの大胆なアイディアが盛り込まれている。
第一楽章冒頭の神秘的な空虚五度の和音による表現は、それまでの交響曲になかったものであり、この表現方式は、ブルックナーに多大なる影響を与えた。弦楽器には推進力があり、弱音には強烈な意思を感じるから、聴衆にも緊張感が伝わってくる。指揮者は木管楽器は優雅さを、弦楽器は力強い表現を求めているようだ。終盤の表現はオペラのようにドラマティックなところがあり、遅めのテンポで締めくくられる。
第二楽章冒頭では、楽章全体を通してテンポ変化を駆使し、一音一音をはっきり演奏させている。またこの楽章のティンパニ奏者のバチ捌きは、派手な演奏効果を狙う奏者もいるが、ここではオーケストラと一体となった演奏を披露している。
第三楽章の形式は、ブルックナーのアダージョ楽章に大きな影響を与えたことで知られる。第二主題に入ると、弦楽器群は朗々とした歌を聴かせてくれる。しなやかで美しい響き。青春時代に体験した恋を回想していたのだろうか?木管群のしみじみとした響き。そしてどこか物寂しげな音色。全体を通じて弦楽器と木管楽器主体で音楽は進み、金管楽器はさほど目立たない。緩徐楽章であるにもかかわらず、演奏表現様式にメヌエットの要素が入っているのは、古典交響曲の多くが、第三楽章にメヌエット楽章が置かれていた名残に敬意を払ったからか?
第四楽章は、ここでは第三楽章から休まずに演奏される。管楽器が不揃いのように聞こえたのは、あえてそのような表現をとったからか?管楽器群が第一~第三の各楽章を回想し、弦楽器群のレチタティーヴォがこれに応答する部分は、この曲の聞き所の一つである。アダージョ・カンタービレとアレグロ・アッサイの間には長い休符が挟まれ、最弱音から開始される表現は初めて聴いた。バリトンが入る最後の弦楽器の合奏はテンポを落とし、やや弱めの演奏。各ソリストの表現は、喜びに満ちあふれている感じが見事に表現されている。
行進曲の部分はテノール独唱と同時に歌われるので、ソリストが歌いやすいようにテンポはやや遅めだが、アンダンテ・マエストロに入るとテンポが一気には速くなる。二重フーガに入る直前にテンポが一気に遅くなる。音も弱くなる。「ひざまづいているか~」と歌われる部分は、合唱が強め、オケが弱音で演奏され、ドラマティックな表現に成功している。プレスティッシモの迫力は力強い印象。
一般的にいえば「古典美溢れる名演」ということになるのだろう。だが私の耳には、没個性的でおもしろみのない演奏に聞こえた。これは私なのかなと思っていたら、他にもそう思う人はいるようだ。「近年の講演は、金額に見合ったものとは思えない」というのがその理由らしい。日本国内では不況が深刻になり「格差」問題が広がる中、席の種類によるとはいえ、3~4万も出して、生のコンサート演奏を聴ける観衆は限られている。正規版・海賊版問わず、インターネットで演奏会の模様を撮影した動画が、手軽に見られる環境になったことでCDの売り上げが低迷し、そのためにコンサートの入場料を上げなければならなくなったというのが、主催者の言い分らしい。だが輸入盤であれば、ウィーン・フィル演奏会の入場料の半分以下で、オペラや大作曲家の作品全集が手に入るご時世なのだ。海外の有名オーケストラの演奏会費用にかかる経費で、何が一番問題なのか、関係者には検討してもらいたいものである。海外の美術展の入場料は、私が本格的に美術館巡りをするようになった20年以上前から変わっていないし、カタログ代も2~300円上がっただけである。美術展に出来て、なぜクラシックの演奏会に出来ないのか、私には不思議である。

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