NHK交響楽団 1764回定期演奏会

NHK交響楽団第1764回定期演奏会 プログラム

エグモント序曲 作品84(
夜想曲 作品60(
ピーター・グライムスから4つの海の間奏曲 作品33a(ブリテン)
交響曲第8番ヘ短調 作品93(ベートーヴェン)
ジェームズ・ギルクリスト(テノール)
ロジャー・(指揮)
NHK交響楽団
2013年10月19日 NHKホール

コンサートプラス プログラム

チェロソナタ第3番 イ短調 作品69より第三楽章(ベートーヴェン)
アントニオ・
マリア・ジョアン・(ピアノ)
2013年3月18日 すみだトリフォニーホール

NHK交響楽団(以下「」)は第1764回定期演奏会の指揮者に、古楽演奏のパイオニアであるロジャー・ノリントンを指揮者に迎えた。
彼は今回、ベートーヴェンブリテンという、ちょっと毛色の変わったプログラムを組んだ。
ノリントンはベートーヴェンを得意にしており、手兵であるロンドン・クラシカル・プレーヤーズ(現:エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団)を指揮してフォルテピアノ奏者メルヴィン・タンとピアノ協奏曲全集を(1988〜89、EMI)、ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ(1987〜89、EMI)、シュトゥットガルト放送交響楽団(2002ライブ録音、独ヘンスラー)とのコンビで交響曲全集を、2回録音している。

さて話は変わるが「古楽演奏」とはいったい何か、ちょっと解説させてほしい。
この演奏様式は、ハイドンモーツァルト、ベートーヴェンが生きていた時代の楽器を使い、当時の演奏様式を忠実に再現しようとというものである。
彼らは「現代の指揮者(とオーケストラ)が演奏する古典派音楽(主にハイドン・モーツァルト、ベートーヴェンの時代のクラシック音楽の総称)がシンセサイザーのような響きしか出せないのはおかしい。聴衆が感動しないのは、現代楽器の響きに問題がある。作品が生まれた当時の響きは、もっと生命力が溢れていたはずだ」
と主張し、実際に18世紀に使われた楽器を使って演奏するようになった。一口に「古楽」といっても演奏様式はいろいろで、現代オーケストラと大して変わらないものから、作品をかなり大胆にデフォルメする様式を採るものまで様々だが、ノリントンの演奏は、評論家から「穏健派」であると評価されている。
そんな彼が、今回N響の指揮台に上がった。ブリテンでは現代様式の演奏をしたが、得意とするベートーヴェンでは、古楽で用いられている「ノン・レガート奏法」を大胆に用いた。両者の響きの違いが、今回の最大の聞き所である。

エグモント序曲 作品84(ベートーヴェン)

エグモント序曲」は、ゲーテの同名戯曲の付随音楽として書かれたもので、1809年に自身の指揮で初演された。現在では、劇全体が上演されることはほとんどなく、序曲だけがコンサートのプログラムに名前を連ねている。主人公は、スペインの圧政に立ち向かい、死刑になった軍人・政治家である。
この演奏では、古楽器でよく使われるレガート奏法による典雅な響きを生かした、荘厳な雰囲気で始まる。弦楽器の響きはしなやかで力強く、強弱の差はかなり広いが重々しくない。だが私の耳には、金管の音程がややふらついてるように聞こえた。終盤のアッチェランドはそれなりに迫力があると思うが、全体的にもっと力強さを感じる響きが欲しいな、と感じた演奏である。

夜想曲 作品60(ブリテン)

夜想曲」は、それぞれ詩人が異なる8つの詩で構成されている。ブリテンの作品が取り上げられたのは、去年は彼の生誕100周年だからである。彼は、独唱と室内オーケストラのための連作歌曲を好んで作曲したが、本作もその一つである。1957〜58年にかけて作曲され、1958年秋に開催されたリーズ音楽祭において、ピーター・ピアーズ(テノール)の独唱、ルドルフ・シュワルツ(ドイツ語解説)指揮BBC交響楽団の演奏で初演され、アルマ・マーラー(指揮者・作曲家のグスタフ・マーラー夫人)に献呈された。・オペラ問わず、ブリテンの声楽曲の初演はピアーズが関わっていることが多いが、これはこの二人は音楽だけではく、私生活上でも重要なパートナー(つまり、同性愛の関係)だったのは、近代音楽(特にイギリス音楽)ファンの間では常識である。

第1曲 シェリー「私は眠る 詩人の唇の上に」

主人公は女性で、弦楽器の響きは荒野の様にゆらゆらとさまよっているのが印象的。詩人は不滅の生命を創造できることを称える。

第2曲 テニソン「深き天の雷鳴の下に」

ファゴットと弦楽器は不安の様子を表現。洞窟や穴蔵から何が出てくるのだろう。引きこもりの詩人は、何を考えていたのだろうか。
ゆらゆらした弦楽器の響きが印象的な作品。

第3曲 コールリッジ「ツタの葉を身にまとって」

ファゴットに変わって登場したハープが、明るい光と澄んだ空気を表現。前曲に比べれると希望を持てる。だが少年は騙され、荒野に閉じ込められる。誰が少年を騙したのか?少年には友達も母もおらずひとりぼっち。

第4曲 ミドルトン「真夜中のベルは鳴る リンリンリンと」

ホルンが真夜中のベルと少年の心臓の不安定な鼓動を表現。再び弦楽器は不安な響きを奏でる。

第5曲 ワーズワース「そして、あの晩」

元ネタは、自身が経験したフランス革命下の、ある一晩に感じが心の動きである。ティンパニが不安な動悸を表現している。不安に駆られた少年は、ロウソクを消さずに本を読みながら寝ずの番をしながら、過ぎ去った恐怖や、あの重苦しい恐怖が生み出した悲痛な物語を振り返っている。革命はどうなるのか、現時点では誰にもわからない不安に少年は悩み、傷つく。

第6曲 オーウェン「彼女は静かに眠る」

もの悲しげなイングリッシュ・ホルンに導かれ、テノールは「(少女は)穏やかな吐息とともに永遠の眠りにつく」と歌う。少年達が破滅の壁から続々登場する中で、少女は甘美な世界を夢見ている。
作者は第一次世界大戦に出征し、休戦一週間前に戦死するという、悲劇的な最期を遂げた。タイトルに「彼女は静かに眠る」という言葉が使われているのは、毎日死の恐怖におびえるワカモノを、一切顧みない権力者・政治家に対する痛烈な皮肉とみた。

第7曲 キーツ「睡眠と詩」の一節から

フルートが優しい夏の風を表現し、その中をミツバチが飛んでいる.ぶんぶんと飛んでいる。遙かな南の島でジャコウバラが咲いている。一見幸せそうに見えるが、影の部分がだんだん強まってくるのに、幸せな聞き手はそれに気がつかない。

第8曲 シェークスピア「ソネット43番」

コンサートマスターがメロディーを主導し、「昼間は醜い現在、夢は美しき過去」と歌う。弦楽器は不気味な暗闇を照らす幻影を表現している。「彼女は夢の中だけでよみがえる」とあるが、ここでの「彼女」は平和の暗喩なのだろうか。
この曲が作曲された時代は、冷戦が一番厳しいときだった。米ソ両大国は核兵器の開発競争に明け暮れ、人々は本気で「第三次世界大戦」の勃発を恐れていた。ブリテンも、そんな時代の空気を敏感に感じ取っていたに違いない。ギルクリストがステージと袖の間を難解も往復していたのも、この作品の性格を、聴衆が理解したからに他ならない。

ピーター・グライムスから4つの海の間奏曲 作品33a(ブリテン)

「組曲 ピーター・グライムズから4つの海の間奏曲」は、ブリテンの同名オペラから生まれた作品である。

第一曲「夜明け」

透明だが悲劇を明示する響きで曲が始まる。木管と弦楽器が不安の旋律を奏で、金管の響きは重々しい悲劇を予感させる。

第二曲「日曜の朝」

「日曜の朝」らしく、木管・金管は鳥の鳴き声を表現している。弦楽器も楽しげに旋律をうたわせるが、徐々に不安な気分が出てくる。しばし後に、やや持ち直してまた楽しげな響きが出てくるが、幸せは長くは続かない。鐘の音の暗喩は何?トランペットの急速なパッセージは何をいいたいのか?それをきっかけに、旋律は一気に重く、暗くなる。けたたましい鐘の音が、さらに不安を増殖させる。

第三曲「月の光」

 コントラバスとフルートの響きが、さらに不安な気持ちにさせる。じわじわと高まる不安。まるでサスペンス映画を見ているかのよう。雄々しく、力強く、かつ重苦しいオーケストラの響きは、孤独に苛まされる主人公の心理を表現したものか。

第四曲「嵐」

 何か重大なことが起きたのだろう。片田舎にある住民は一斉に騒ぎ立てている。彼が犯人だ、彼がすべてを知っている、と。ピーターに対し本当のことを言え、罪を告白しろと詰め寄る住民達。彼は否定するが、住民達は納得せずなおも詰め寄る。ついにピーターと住民の間に亀裂が生じる。犯人はおまえだ、いや違う。何を言っても無駄だと諦めるピーター、「犯人は彼だ、犯人は彼だ。少年を殺めたのは奴だ」と、住民は彼を執拗に追い詰める。耐えきれず、海へと向かうピーター。なおも詰め寄る住民達。ピーターが海に身を投げようとする。そして彼は海の中へと消えていった。

交響曲第8番ヘ短調 作品93(ベートーヴェン)

ベートーベンの「交響曲第8番」を、作者自身は「小さな交響曲」と呼んでいた。初演の評判があまり芳しくなかったことに、彼は憤りを感じていたという。この曲はベートーヴェンの全作品中、誰にも献呈されなかった唯一の曲である。
第一楽章は速いテンポで始まるが、せかせかとした印象にはなっていないのが、カラヤンとの大きな違いである。音域の幅はかなり広く、打楽器群の演奏は力強い。低音域担当の弦楽器はかなり速いパッセージを奏で、第一ヴァイオリンはぐいぐい進んでいく。 響きの質は「田園」の時とはかなり異なる(あたり前だが)。終盤のテンポと響きは、ベートーベンが本当にほしがったものに違いない。終わり方はほかの指揮者とはだいぶ違うことがすぐにわかる。
第二楽章では木管楽器がリズムを刻み、弦楽器がその上でメロディを奏でる。ほかの指揮者に比べて速めのテンポ設定になっているが、響きはがさつになっていないのがすごい。この楽章の聞き所は最後の「ワハハハハハー」と奏でるところ。ベートーベンの皮肉が効いた表現である。
第三楽章 力強く、荘厳で、重厚な響き。木管で、ちょっと音程が狂ったところがあった様に聞こえたのは気のせいか?しなやかな弦の響き。宇野功芳はこの響きを「有機的」というのだろうか?古楽器と現代楽器の長所を見事に融合させている。ホルンの響きがちょっと甘く聞こえる?
第四楽章 冒頭の木管楽器と弦楽器の絡みがちょっと甘いように聞こえる。大軍が一気に敵陣を突っ走っているような感覚。そのあとで、木管楽器は調子を取り戻す。そして怒濤のフィナーレへ。最後の音が鳴り終わると同時に、ノリントンは客席を向いてにっこり微笑む。観客は御年79歳の老匠を称える。とても80近い老人とは思えないほど、その指揮ぶりはエネルギッシュである。

チェロソナタ第3番 イ短調 作品69より第三楽章(ベートーヴェン)

コンサート・プラスはチェロのアントニオ・メネゼスマリア・ジョアン・ピレシュのデュオ。
曲目は、ベートーベンのチェロソナタ 第3番 イ長調 作品69から第三楽章。
ピアノもチェロも、しみじみとした味わい深い響きを醸し出す。ピレシュの奏でる響きは、まるでフォルテピアノを意識したかのよう。高音の響きがとてもクリアーで美しい。
チェロの音も、とても伸びやかである。演奏する喜びにあふれている。通によれば、室内楽は「対話をするように演奏することが大事」だとよく言うが、この演奏からは二人の「対話」がうまくいっていることがわかる。
ピレシュのピアノは、速く聞かせるパッセージでも名技をひけらかすことはなく、メネゼスを立てることと、聴衆に尽くすことに徹している。メネゼスも彼女のサポートに応え、のびのびとチェロを響かせている。録画でもこれだけ名演だと感じたのだから、生で聞いたらどんなによかったことだろう!

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